2013年2月15日金曜日

オペラ歌手 青野浩美さん

14日、京都市中京区の身体障害者リハビリデーションセンター3階体育館で地域リハビリテーション交流セミナーが午後2時から4時まで開催された。原因不明の病を抱え、のどに穴を開ける気管切開を余儀なくされながらも活動を続けるソプラノ歌手・青野浩美さん(30歳)=京都市右京区=のコンサート&トークが行われた。
中京区の身体障害者リハビリデーションセンター3階体育館で地域リハビリテーション交流セミナーが開催された。青野さんのコンサートはマイク無しで「野バラ」で始まり、「オーソレミーヨ」、「早春賦」、「ビリーブ」や「世界に一つだけの花」を唄った。今回はソプラノ歌手・青野浩美さんをお迎えして講演「医療ケアって何?・・・」テーマは『前例がなければつくればいい~夢実現に向かって~』と題し力強い決心を語っていただいた。青野さんのコンサートはマイク無しで「野バラ」で始まり、「オーソレミーヨ」「早春賦」「ビリーブ」「世界に一つだけの花」を皆さんとご一緒に唄った。
南部障害支援センター「あいりん」の篠原さん。車いす生活で膝に置いた人工呼吸器、車は運転するという。気管切開しても歌い続ける青野さんのトークは、両親を学校の教師に持ち、将来音楽教師になるのが夢でD女子大学に声楽を学んでいたという。平成18年12月27日、在学23歳のとき原因不明の発病を抱えた。突然全身の筋肉が虚脱して身体が動かなくなり、車いすに乗らなければ移動ができなくなった。さらに彼女は不幸が続いた、突然、呼吸が止まる発作(無呼吸症候群)に襲われた。
原因不明の難病を抱え、のどに穴を開ける気管切開を余儀なくされながらも活動を続けるソプラノ歌手・青野浩美さん。会話用の「スピーチカニューレ(管)」という専用の器具を使えば、再び声を出せるようになる。気管切開の手術を受けなければならない、気管に穴を開けて人工呼吸器をのどに直接つなぐ器具を取り付けるため、吐く息で声帯を振動させることが難しくなる。歌がすべてであるプロのソプラノ歌手・青野さんは「いのち」と「歌」の葛藤の日々が続き友人に相談し、そして窒息死する恐れもあり気管切開を決断し手術を受けた。だが医師からは「話せるようになっても、プロとして歌うことは前例がない」と言われた。しかし青野さんは「可能性があるなら自分が前例をつくる」と、自分に合う「スピーチカニューレ(管を探し出した。「スピーチカニューレ」という専用の器具を使えば、再び声を出せるようになることがあり現在3個目である。その後、身体にあった会話用の「スピーチカニューレ(管)」を探し当て、歌を取り戻した。
気管切開をしながら復帰した声楽家は全国でも例がない。 「二度と歌えなくなる」といわれた大きな試練を乗り越え声を取り戻した青野さん「前例がないから出来ない・・・は理由にならない『前例がなければつくれいい、チャレンジすることで可能性を見いだす』とパワー溢れる力強さで話していた。車いすに乗ってプロのソプラノ歌手・青野浩美さんはステージで音楽活動を続けている。交流セミナーに集まった人たちは「彼女の諦めない生き方」を知り、雪降る凍る寒いときホッとこころが温かくなるのを感じた。青野浩美さんのブログ 「La preghiera 祈り」 http://hiromi726.exblog.jp/

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