2013年1月14日月曜日

祇園 花街・初寄り

1月13日、祇園花街では、京舞・井上流五世家元の井上八千代さん宅に女将さんや芸妓さん、舞妓さんが稽古始めのあいさつに伺った。
京舞・井上流五世家元で女将さんや芸妓さん、舞妓さんが稽古始めのあいさつに伺った。新年のあいさつと益々技芸の上達を励んで、お雑煮で祝う、これを“初寄り”と呼んでいる。この一年の始まりを迎えるにあったて井上邸に集まり、新年のあいさつと益々技芸の上達を励んで、ともにお雑煮で祝う。これを“初寄り”と呼んでいる。
舞妓さんはだらりの帯。芸妓さん、舞妓さんたちが11:30過ぎ、色鮮やかな和装姿も華やかに身を包み、髪飾りも艶やかに師匠宅へ新年のあいさつに訪れた。
左端、キョウカちゃんという声でにっこりされた!師匠宅へ新年のあいさつに来る。師走13日の“事始め”で一年の締め括りをし、正月準備を始めた芸妓さんや舞妓さんたちは新年の“始業式”を終えて一と月後、再び師匠宅へ顔を揃え一層の精進を誓いあった。お屠蘇と雑煮で新年を祝い、師匠から励ましの言葉を受け、新たな気持ちで一年が始まった。
一番後方にいるのが正装姿の“始業式”とは変わり、それぞれお気に入りの和服姿であいさつ。京舞・井上流五世家元の井上八千代さんは、父を人間国宝の観世流能楽師九世片山九郎右衛門の長女として生まれ、2000(平成12)年に襲名した。井上流、井上サト(初世井上八千代)は、近衛家の舞指南役を勤め宮廷文化を基盤に創始したという。
キレイなかんざし。 以来二世紀の歴史を持ち、祇園甲部の正式唯一の流派で京都固有の特色を持つ井上流を『京舞』と呼び、京都の年中行事となっている「都をどり」を支えている。
日本舞踊の「舞」の起源は「水平の動き」で、一人の人の心を伝えることから始まったという。一方「踊り」は、「垂直の動き」で集団で始まったという。
基本姿勢は「腰」を落し、すり足、体の芯を残したまま回る動きだと師匠の家元がいう。しかし今は「舞」も「踊り」も重なり合う部分が多く、舞の中にも踊りに近い部分があるという。
日本文化の粋ともいえる舞妓さんと芸妓さん。7日の紋付に正装姿、稲穂のかんざしをさした芸妓さん、舞妓さんの始業式とは変わり、祇園花街“初寄り”は、新春を感じさせる‘はんなり’とした着物姿が見られた。
舞妓さんの見習いが暖簾のあげて・・・三連休の中日とあって井上邸前は約100名くらいの写真愛好家の人たちが待機し舞妓さんたちや芸妓さんが来るのを待っていた。日本文化の粋ともいえる「祇園花街」舞妓さんと芸妓さんの伝統行事であった。

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