2013年6月14日金曜日

住吉大社 御田植神事 その1

14日、米の豊作を祈願する「御田植(おたうえ)神事」(重要無形民俗文化財)が盛大に執り行われた。前日に続く猛暑の中、古式ゆかしい装束姿の奉仕者が踊りや舞などを奉納し伝統の神事を華やかに彩った。大阪の南海線沿の住吉大社もその一つで、古い伝統を有する御田植神事は現在でも厳格に伝承されている。
南海線沿いの住吉大社で、豊作を祈願する「御田植(おたうえ)神事」があった。2名の巫女さん。日本三大御田植祭の一つとしては、三重県「伊雑宮(いざわのみや)」と千葉県の香取神宮、そして住吉大社がある。住吉大社は全国約2300社余の総本社である。
博労を手に、今では見ることの出来なくなった「代掻き」。牛は水を極度に嫌って毎日モウ練習を重ねたという。 住吉大神四柱と総称され海の神として神功皇后 (じんぐうこうごう)があり信仰されている。神功皇后が田んぼを設け、御田を作らせたのが始まりだといわれている。
両手足が動じにでる奴さん。高下駄を履き、長刀を持った総大将。御田植祭の神事は第一本宮で植女や稚児など、行事に関する方はお祓いを受け、南の御新田(田んぼ)に行った、料金は観覧席1000円で12:00から拝観するという。
法螺貝を吹く雑兵たち。
10:30ごろ、時間は早いが田んぼも一周し昨年と同様、自由観覧席で足を止めた。 午後1時過ぎ、代掻きの牛が場内を2周し御神田に入って代掻きを始めた。
八乙女(やおとめ)お稚児さんたち。今では見ることの出来なくなった代掻き、場内アナウンスで犬を怖がると告げ、水を極度に嫌って毎日練習を重ねたという。お祓いを受けた後、奴さんが先頭で鎧兜をまとった武者や植女や稚児など御神田までパレードを繰り広げた。
新町廓の植女(うえめ)たち。田植踊の幼女たち。風流武者、雑兵、楽人、宮司以下神職、八乙女(やおとめ)、稚児、御稔女(みとしめ)、植女(うえめ)、御神水、替植女(かえうえめ)、奉耕者、田植踊、住吉踊と約400人余りの大行列が御神田に移動し周囲を回った。
住吉踊をする子どもたち。植女と替植女たちは中央の舞台に上がった。田植えに際して音楽を奏で、歌をうたい踊りや舞を演じるのは、田や植付する苗に宿る穀物の力を増やすためで、 その昔、大変な重労働であった。
田んぼの神さまを祀る田植行事は全国各地で行われているが、なかでも、住吉大社のお田植神事は儀式を略することなく、今で当時と同じ格式を守って華やかに厳かに行なわれている。つづく・・・

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