2012年5月5日土曜日

東山 新熊野神社 熊野詣 (くまのもうで)その1

巫女と市女笠をかぶった女官たち新(いま)熊野神社で午後1時から神幸祭が行われた5日、東山の新(いま)熊野神社で午後1時から神幸祭が行われた。
山伏たち本殿前で・・・平安、鎌倉時代にかけて流行った華やかな女官衣装を新調に、白い薄布をさげた市女笠をかぶり貴族の熊野詣を再現した総勢約200人の行列が練り歩るいた。
陶器の絵馬白い薄布を下げ社殿の中に入る1160年(永暦元)平安時代ごろ、熊野三山を参詣する熊野詣は上流社会の間では盛んであった。
新熊野神社の社紋は「梛に烏」先頭の槍持の少女篤い信奉者である後白河上皇(1127~1192年)が、熊野本宮大社のある熊野三山を繰り返し詣、京にいて熊野詣できるように仙洞御所法住寺殿(せんどうごしょほうじょうじどの)の内に勧請(かんしょう)して祀られ創建した。
後白河上皇が熊野三山を繰り返し詣、京にいて熊野詣できるように仙洞御所法住寺殿の内に勧請(かんしょう)して祀られ創建した3年生という児武者と巫女たちこれが新熊野神社の始まりで、熊野の新宮・別宮として長らく京の熊野信仰の中心地として栄えた。 「新熊野(いまくまの)」と読むのは、紀州の古い熊野に対する京の新しい熊野、昔の熊野に対する今の熊野というのがその由来である。
子どもみこし鳳輦巡行快晴の下、12時から本殿前で出立祭が行われ巫女や女官たちは社殿の中へ入り参詣した。行列の先頭は槍持や児武者・巫女、山伏そして警護の侍、鳳輦巡行、艶やかな衣装に身を包み12名の女官列、子どもみこしと獅子舞奉納もあった。
巨大な楠の木、樹齢840年経つという三本の足を持つという八咫烏(やたがらす)は熊野の神の化身
東山通北へ向かって進みUターンして左折し坂を上り、今熊野地域一帯を練り歩いた。つづく・・・

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