2014年2月3日月曜日

節分祭 吉田神社で追儺式

左京区の吉田神社の節分祭は京都最大の規模を誇る人出と立春という節目は、邪気や疫病神を追放し、この一年の新たな季節に始まりとして「追儺(ついな)式」が行われた。
参拝をする人たち。
吉田神社の節分祭は京都最大の規模を誇る。吉田神社の節分祭は、平安京の鎮守神として創建され室町時代に開始されて以来、京都の一大行事として毎年多くの人が参拝する。しかし、実は私は始めてだった!
おや、4人連れの舞妓さんたち、後から一人来ていた!
三日間で約50万人もの参拝者が訪れ、参道には約800店の露店が立ち並び、境内周辺は活気に溢れていた。
松明を翳し「方相氏(ほうそうし)」が来る。
舞殿では追儺(ついな)式が始まった。節分の前夜に行われる古式追儺式では、赤・青・黄色の鬼たちが現れて舞殿の周囲で暴れる。暴狂う鬼を退治してくれる「方相氏(ほうそうし)」があらわれて、矛で鬼たちを追払いながら舞殿を三周し、最後に、殿上人らが魔力を封じる弓矢を放ち、鬼や疫災を追払った。
青鬼は悲しみ。
赤鬼には怒り。午後6時、赤、青、黄の3匹の鬼が本宮前に現れ、暗い中、金棒を振り回し、「ウオー」と叫びながら、参拝者に襲いかかるほどの勢いで暴れ回り小さな子どもたちは泣き出した。赤鬼には怒り、青鬼は悲しみ、黄鬼は苦しみを表した。
黄鬼は苦しんだ!
疫病退散の力を持つという「方相氏(ほうそうし)」と鬼たち。そして疫病退散の力を持つという「方相氏(ほうそうし)」が登場し、手にした盾と矛で雄たけびを上げる鬼を退散させ鬼を追い払いことしの世の中が平穏無事を祈った。 境内では、厄除けの御守りや福引豆などが売られ、活気に満ちあふれていた。
殿上人らが魔力を封じる弓矢を放ち、鬼や疫災を追払った。
この追儺式は、平安時代に宮中で旧暦の大みそかに行われていた行事で、1928(昭和3)年に、節分祭の一環として神社が復興、「鬼やらい」とも呼ばれる。(2/2撮影)
<吉田神社で追儺式>
場所:吉田神社
日時:2014/2/2(日)~2/4(火) 
住所:京都市左京区吉田神楽岡町30番地
料金:境内無料
交通:京阪電車「出町柳駅」下車徒歩約20分    
        市バス「京大農学部前」または「京大正門前」より徒歩約5分
駐車場:なし(節分祭の期間中)
問合せ先:吉田神社 075-771-3788

0 件のコメント: