2010年2月20日土曜日

燃灯祭 上賀茂神社

平安時代の貴族が、若菜を摘み、春の到来を喜び宴遊した野辺遊びを神事化した祭だという
燃灯祭は「乙子(おとね)神事」ともいう平安時代から伝えられる宮中の春の遊びを神事化した祭事「燃灯祭」が19日、北区の上賀茂神社で営まれた。御阿礼野は徒歩で10~15分、神職は“小松”を根引きした
境内の御阿礼野に向う!午後2時より狩衣姿の神職一同が社務所前を出発、神社境内奥地にある御阿礼(みあれ)野に向った。同行の見学者と写真愛好家はマナーを守り後に続いた。神職は早速“小松”を探し当てた
神職は一礼した上賀茂神社の境内、神山の麓まで徒歩で15分、神職は御阿礼野に着くと“小松”を根引きした。神職一同は御阿礼野から境内の土舎に戻った
小松をゲット御阿礼野から境内土舎に戻り、神職一同が身を清め、土舎で「小松に燃灯草」を添えて神前に供え春の到来を奉告する。入念に狩衣姿の神職一同は身を清めた
燃灯草は一名玉箒草(たまほうきぐさ)という聞きなれない燃灯祭(乙子神事) (ねんとうさい おとねのしんじ)は、平安時代の貴族が、若菜を摘み、春の到来を喜び宴遊した野辺遊びを神事化した祭だという。
燃灯草は一名玉箒草(たまほうきぐさ)という。神職は土舎から玉橋を渡り本殿へ 向う
本殿に燃灯草を奉納する由緒あるまつりこの儀式は、鎌倉時代の「嘉元年中行事記」にも記載されている由緒あるまつりで、古えに行われた二月第二の子(ね)の日の神事である。
平安時代に宮中の年中行事として行われていた「子の日遊び」を神事化したもので、元々は旧暦で3月のごろのことであった。舞殿にて拝礼して終了した
儀式は行われたが初めてだった上賀茂神社境内奥地にある御阿礼(みあれ)野と呼ばれる場所は、現在ゴルフ場になっている。神山の麓、御阿礼(みあれ)野と呼ばれる場所にあった神館(こうだて)跡に小松を根引きし、それに燃灯草を添えて神前に奉る神事である。
燃灯祭は乙子(おとね)神事とも言われ、人々が春を待ち焦がれて野原に出でて若菜を摘み、春の到来を喜んで宴遊し野辺遊びを行うこと云う。
参拝者は神事に同行見学することができ、厳かな神事を興味深げに観ていた。

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