2010年2月9日火曜日

~挑戦することと生きる勇気~

京都市身体障害者リハビリセンター入口5日、第23回京都市地域リハビリテーション交流セミナーに参加した。
会場の身体障害者リハビリテーションセンターは、中京区御前四条西北角にある。
この催しは毎年2月に地域リハ協議会が主催・府医師会の後援として行われている。

この私も平成9年(1997)9月仕事先から帰る途中、5時ごろ右京区西院の知人宅で倒れ救急で病院直行した。その後、一年あまり洛西の病院、三重の榊原温泉病院を巡り、市のリハビリテーションセンター肢体不自由者更生施設の入所、現在も京都市「地域リハのつどい」で年6回の行事なども行われ参加している。
ところで私の障害名は「左高血圧性脳内出血による右上下肢機能障害」の途中障害だが、『いつ誰にでも起こりえる』ことを忘れてはならない。
障害を抱えならが、克服しそれぞれの道を積極的に強く歩んでいる姿を覗った!講演に耳を傾ける人たち
中村周平さんは頚椎骨折し首から下はマヒ先ず、中村さんは、バレー部に入りかったがなく、高校2年の時、ラクビー部の練習に明け暮れていた。日曜日不運は練習中に起った、頚椎骨折。家庭でも独自の機能回復運動を重ね、車いすの操作もできる様になり、希望の大学進学を果たした。
現在、大学院に進み「「障害のある学生の支援を研究テーマにしたい」と意欲を見せる。幾多の苦難を乗り越えながら「あきらめない」夢を語った。
中岡亜希さんは希少難病「遠位型ミオパチー」で今も進行しているまた京都府宇治市の中岡さんは、希少難病「遠位型ミオパチー」を患う。
中岡さんは国際線の客室乗務員だった25歳のときに病気の告知を受け、現在は車いす生活を送っている。
100万人に2~3人の確率で発症する希少難病で「遠位型ミオパチー」。
手足の先から徐々に筋力が失われる病気で、俗に筋ジストロフィーと呼ばれる症状と似ている。遠位型筋疾患は、身体の中心(心臓)より離れた部位(足先、指先)から筋力低下を起こす進行性の難病なのだ。
中岡さんはノーテンキで運動不足と思い、病院診察へも行かなかったらしい・・・25歳の時、階段を上ると玉のような汗が出、整髪料のスプレーを押すことも不可能になり、東京の病院を訪れた!
孤独と闘病の中、検査入院で来る日も来る日も明け暮れ、やっと解った病名は「遠位型ミオパチー」。希少難病で専門の主治医も無く、途方に暮れた!
障害は「誰にでも起りえること」大人も子どもも無い!2008年4月から遠位型ミオパチー患者会も設立し、多くの署名を厚生労働大臣に要望書を提出した。
現在32歳の中岡さんは、NPO法人「希少難病患者支援事務局(SORD)」の理事で「希少難病患者の状況やSORDの活動を一人でも多くの人に伝えたい」という。

中岡さんは、『死なないでいるということ、生きるということ』について、命の限り皆さんにお話をして行くと強い信念で語った。
現在も残念ながら進行性の筋疾患と闘いながら毎日を送っている。会場には、朱雀第三小学校の生徒らも見え真剣な面持ちでお二方のお話を聞いていた。

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