2012年10月31日水曜日
東山 八坂ぶらぶら
圓徳院の石蕗(つわぶき) の花を観るために東山安井で市バスを降車、八坂界隈を歩いていると色鮮やかな門の庚申堂が眼に入った。大黒山金剛寺庚申堂と号し、日本最初の庚申信仰霊場として信仰を集めてきた。

平安時代、すべての人々がお参りできるようにこの寺を建立したという。現在の本堂は江戸時代1679年(延宝6)の再建である。境内の至るところに奉納された「くくり猿吊り」が下がっている。単なる土産物ではなく、庚申尊の御分霊の入った『御守』でくくり猿は一つ一つ、真心をこめて手造りされている。体内には御本尊青面金剛の御札が納められ、魂が込められておるという。なお納庚申は12月25日でという。

「八坂の塔」は東山、花灯路のシンボルとも言われる。“法観禅寺”は建仁寺派の寺院で、通称「八坂の塔」と呼ばれ五重塔(重要文化財)は、高さ46mで九条通の東寺や奈良の興福寺に次ぐ三番目の高さをもち東山一帯のシンボルとされている。
2012年10月30日火曜日
興福寺と奈良公園
2012年10月29日月曜日
奈良 東大寺
28日、いつもお世話になっている京都市洛南身体障害者福祉会館から秋のレクリエーションがあった。生憎、この日は朝から雨模様になったが午前10時奈良へ向けて出発した。

奈良公園と言えば若草山や春日大社の「鹿苑角きり」が有名、吉永小百合さんの『鹿のフン(奈良の春日野)』を思い出す・・・。
若草山は開店休業で雨はシトシト降り続き、鹿がのんびりと草を自由に食べていた。
奈良公園で鹿をみたが警戒感からか、耳をピーンと立てていた、母鹿に守られ子鹿も後からついていった。

奈良時代中頃に、華厳宗の東大寺は聖武天皇の発願により創建された。本尊、盧舎那(るしゃな)大仏は、別名・釈迦如来である。過去、度々兵火の災難に罹り、江戸時代に、横幅が約三分の二に縮小されて建て直された三度目のもので木造建築物として世界一の規模を誇っている。
2012年10月27日土曜日
亀岡祭 山鉾巡行
亀岡祭(かめおかまつり)は別名“丹波の祇園祭” と呼ばれて、鍬山(くわやま)神社秋季例大祭として伝統と文化を伝える祭であり、25日山鉾巡行が行われた。亀岡祭は、丹波亀山城下の町衆力と熱意により受け継がれてきた祭りである。

祭の起源は、室町時代にさかのぼるといわれ、大堰川の氾濫による水害などの災害封じを祈願するために始まったという。1573年~1592(天正年間)年の明智光秀の丹波攻略など戦国時代の混乱の中で一時衰えたが、江戸時代、歴代藩主の保護を受け徐々に復興をとげた。

江戸時代中ごろになると、それまで舁(か)き山(物を肩にのせて運ぶ)であった山鉾が、現在のように曳山になっていったという。約300年前にそれぞれの鉾町が工夫し、競い合ってつくり上げた各々の鉾は、鉾町の町衆が浄財を持ち寄ってつくりあげたもので、各山鉾町の町衆たちの手により今日まで受け継がれている。

旅籠町の通りは狭いが市民、観光客・観衆はくじ改めの儀式を見守った。
中国や朝鮮、インド、イギリスなどからの渡来染織品や京都西陣の大型綴錦が多用された美しい懸装品で飾られた山鉾から奏でるコンチキチ-ンのお囃子が城下町に鳴り響き、旧町内を練り歩いた。

11基の鉾が本祭、山鉾巡行のクライマックスを迎え賑やかな鉦・太鼓の囃子がより一層祭を盛り上げた。
なお23日は宵々山、24日は宵宮で各鉾町にて催があり期間中、鉾町はお囃子の音とともに祭ムードに包まれる。
<鍬山神社秋季例大祭・亀岡祭>
会場:亀岡市旧町内
日時:2011/10/23(日)~10/25(火)
※10/25の巡行の時間は10:00~12:00頃
交通:JR「亀岡駅」より南へ徒歩10分
京阪京都交通バス、矢田口バス停下車5分
料金:見学無料
問合せ先:JR亀岡駅観光案内所 0771-22-0691
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