2013年1月19日土曜日
雪の三千院(さんぜんいん)
左京区大原にある三千院は、「京都 大原 三千院 恋に疲れた女が 一人……」の歌詞で始まるヒット曲で全国的に知られることになった。三千院門跡とも称し、天台宗の寺院で山号は、魚山(ぎょざん)、本尊は薬師如来、開基は最澄上人である。

建立時は延暦寺東塔だったが滋賀県坂本から京都御所側の梶井町に移り明治期になり大原の旧所領に帰る。別名、梶井門跡や梨本門跡、円融院門跡とも言うが1118 (元永元) 年、堀川天皇第二皇子・最雲法親王が梶井宮に入室されて門跡寺院となった。

三千院の拝観は御殿門を入って左手が玄関で、客殿は池泉鑑賞式庭園・聚碧園(しゅうへきえん)となる。見る方向により新緑が異なり美しく池の水は律川から引かれている。作庭は江戸初期の茶人として有名な金森宗和である。

宸殿は、御所の紫宸殿の外観を模している。内陣に木像救世観音・木像不動明王(伝・慈覚大師作)を安置している。宸殿の柱に「等持定理青苔地、円覚観前紅葉林」の伝教大師の言葉が掲げられている。南には二面の苔庭があり、上の有清園(ゆうせえん)、中の「瑠璃光庭」と称されている。
2013年1月18日金曜日
2013年1月14日月曜日
祇園 花街・初寄り
1月13日、祇園花街では、京舞・井上流五世家元の井上八千代さん宅に女将さんや芸妓さん、舞妓さんが稽古始めのあいさつに伺った。

師走13日の“事始め”で一年の締め括りをし、正月準備を始めた芸妓さんや舞妓さんたちは新年の“始業式”を終えて一と月後、再び師匠宅へ顔を揃え一層の精進を誓いあった。お屠蘇と雑煮で新年を祝い、師匠から励ましの言葉を受け、新たな気持ちで一年が始まった。

京舞・井上流五世家元の井上八千代さんは、父を人間国宝の観世流能楽師九世片山九郎右衛門の長女として生まれ、2000(平成12)年に襲名した。井上流、井上サト(初世井上八千代)は、近衛家の舞指南役を勤め宮廷文化を基盤に創始したという。

日本舞踊の「舞」の起源は「水平の動き」で、一人の人の心を伝えることから始まったという。一方「踊り」は、「垂直の動き」で集団で始まったという。
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