2011年11月22日火曜日

聖徳太子御火焚祭(おひたきさい)広隆寺

京福嵐山線三条通り「太秦(うずまさ)」駅の北側に広隆寺の大きな南大門(仁王門)が周囲を威圧するように建っている。
本堂・上宮王院太子殿
三条通りの南大門(仁王門)11月22日、広隆寺で聖徳太子の命日にあたるこの日、本堂に安置されている本尊の秘仏「聖徳太子像」と霊宝殿に納められている秘仏「薬師如来像」が開扉された。講堂前のカエデが紅葉していた
講堂は赤堂とも言うまた午後1時より本堂にて法要後、薬師堂前で「聖徳太子御火焚祭」護摩供養が行われた。美しいモミジ
桜が咲いていた広隆寺ではこの日、年に唯一度、非公開の本堂・上宮王院(じょうきゅうおういん)太子殿が一日公開され、黄櫨染(こうろぜん)の御袍(ごぼう)を纏(まと)った本尊・秘仏聖徳太子立像(1120年作)を拝見することができた。モミジとイチョウ
地蔵堂前のモミジ黄櫨染御袍は天皇が重要な儀式の際に着用する束帯装束で、天皇以外使用できない禁色とされていたものである。貫主は若い女性だった
法要後、ほら貝を吹く山伏が先導し薬師堂石畳の道を左にとって本堂と庫裡の間を北に進むと「弥勒菩薩半跏蔵」など多くの仏像を安置する“新霊宝殿”へと導かれ宝物館の秘仏薬師如来像を開帳していた。つづいて剣は初めて観た
斧が登場本堂での法要の後、ほら貝を吹く山伏が先導し、上宮王院太子殿を後に薬師堂前に設けられた護摩壇のある斎場へ場所を移し「聖徳太子御火焚祭」の火入れがはじまった。皆、山伏の合図によって手を合わす
が斎場前に弓矢を放つ御火焚の儀式はいろいろあるが、それぞれ山伏が斧と剣と弓矢で清めた。御火焚の種火が、祭壇のろうそくの神火から竹に刺した山伏の松明に移され護摩壇に差し込まれた。
僧職方も護摩木を炎の中に投げ入れた祭壇のろうそくの神火から竹に刺した山伏の松明に点火斎場は煙一面に包まれ、薬師堂、講堂、地蔵堂など参拝客の顔も見えなくなってしまった。白くモウモウと立ち込める煙の中に、赤い火柱が立ち上がる。煙は全ての人に御利益が降り注ぐように東西南北回った
左後方が大映通商店街、嵐電と三条通り広隆寺は秦氏の氏寺であり平安京遷都以前から存在した京都最古の寺院である。この近くには「三柱鳥居」で有名な木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)があって梅津の梅宮大社や嵐山の松尾大社も秦氏が関わりのある神社といわれている微笑み菩薩とも言う
また近隣には大映通り商店街や東映太秦映画村もあり賑わっている。広隆寺は国宝第一号の弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼざつはんかしいぞう)を蔵することで知られ、一切の衆生救う微笑を持たれ、聖徳太子信仰の寺でもある。毎年10月12日に行われる牛祭は京都三大奇祭として知られている。
<聖徳太子御火焚祭・広隆寺>
住  所:京都市右京区太秦峰岡町32 
電  話:075-861-1461
拝観時間:9:00~17:00(12月~2月は9:00~16:30)
     境内自由
拝観料金:(霊宝館)大人700円・障害者650円 
      桂宮院(国宝)春4月、5月と秋10月、11月の日曜・祝日に公開(有料)。
交  通:京福嵐山線「太秦(うずまさ)」駅下車徒歩2分
      市バス・京都バス「太秦広隆寺前」下車すぐ。

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