田植は「小槻干恒宿禰記」によると1517(永正10)年から始まったが廃絶され1930(昭和5)年に昭和天皇御即位の記念として、向日市で復活したという。
その後、1948(昭和23)年に稲荷山の麓に移設、農耕の神様として五穀豊穣のご利益があるとされ信仰されてきた。
神田では茜襷(あかねだすき)に菅笠(すげがさ)の早乙女ら男女20数人が水田に入って青々とした早苗を植えて一年の豊作を祈った。
青色の上衣に映える鮮やかな茜襷に菅笠姿の人たち。
早乙女らは、白足袋で水田に入り、膝まで水につかりながら田植えがすすめられ苗を一本一本丁寧に植えていった。
五穀豊穣を祈って、厳粛な面持ちで苗が早乙女らによって田植がすすめられた。
十石橋でどろんこになりながら田植えを終った。
大社の約100坪の神田で栽培された稲は10月25日の抜穂祭で刈り取り精米され、11月23日の「新嘗祭」でお供えし、朝夕、ご神前に供えられる。
早乙女らの三人のギャル。
稲荷山の麓、伏見稲荷大社総本宮・本殿がある神田で田植えが行なわれた。
おまけ・・・。
田植祭が始る前、二羽のカモが来ていた。
全国約4万社ある稲荷総本社「お稲荷さん」で田植祭が行なわれた。(6/10撮影)
0 件のコメント:
コメントを投稿