2012年2月11日土曜日

ハッピードリームサーカス

10日、京都市南区にあるハッピードリームサーカス・京都公演に観覧に行った。自転車の妙技
オープニングショーこの公演は2011年12月9日から3ヶ月も行われているもので、いつもリハビリでお世話になっている病院待合室で、リハビリ仲間I氏がサーカスの無料招待券があるので観に行かないか?とのお誘いがあり実現した。
接点は口のマウスヒースがあるだけ!サーカスにはI氏やH氏も既に行かれておったが、この無料招待券を手に入れた切っ掛けは、延長公演(2/6~12)のために有効配布したものだった。 火吹き男
フラフープの演技は離れ業南区西大路十条の工場跡の広い会場、大テント特設会場には、平日にもかかわらず10時30分開演を目当てに親子連れなど続々と集った。
車と単車が円形の中を走り回る大テント特設会場の観覧席には特別席券と指定席があり、左右の端に一般自由席があった。サーカスは何十年ぶり?記憶がない・・・いよいよ開演だが無料席の場所から良い所がみえなかった。逆さになっても皿は廻り続ける
ハッピードリームサーカスは主に人間の妙技を披露、最初は自転車の曲乗り、次は上から赤い二本の帯が下りてきた、圧巻は男の人が宙擦りになり口に咥えて女性を回すというもので拍手が鳴り渡った。場面はさらに続く、フラフープの演技は離れ業の妙技。三人がリングの輪の外で演技
空中ブランコ火吹き男、この円形をバイクが3台も走る、おまけに4輪車までも・・・三人がリングの輪の外で演技をする。5本の皿回し、幾重にも重る体操、そして空中ブランコ、いつも写真はコンデジ、失敗失敗の連続であるが平にご容赦いただきたい(-_-;)フィナーレ
ラインダンスラインダンス、そしてフィナーレ、あっと言う間に一時間半が終わった。
I氏からの無料招待券のお陰でサーカスを楽しく観ることができ感謝である。

2012年2月6日月曜日

民族の文化にふれる集い

5日(日)午後1時30分から上京区同志社大学寒梅館ハーディーホールで「第20回 民族の文化にふれる集い」が行われた。陶化中学から吹奏楽部の演奏
この催し知ったのは市民新聞情報ボックスである。民族の豊かな文化にふれると共に、出会いと交流を深め、市内の学校の外国人教育に関わり民族の文化の演技・歌を発表した。醍醐西・アジア日本語教室からは「劇・節分って?」
朝鮮第一初級学校からは「伽耶琴部(かやぐむ)」歴史は1992(平成4)年11月の京都市小・中学校外国人教育研究会として本願寺会館大ホールで6回まで開催された。7回~16回は場所を変え、京都子ども文化会館(エンゼルハウス)17回は京都会館、18回から同志社大学寒梅館(ハーディーホール)になった。華麗なものであった
京都国際学園中・高は、舞踊「プチエチュム(扇の舞)」これまでに京都市立学校、京都国際学園、京都朝鮮学園等延べ約45団体の児童・生徒が舞台発表や作品展示を行って来たという。
開会の後、過去の歴史のビデオ映像が流された。陶化中学から吹奏楽部の演奏で「アリラン」「トラジ」「故郷の春」日本愛唱歌が演奏された。向島中学校からは「二胡(にーこ)」の演奏
京都朝鮮中高級学校からは舞踊「鳳仙花の花あそび」次に、朝鮮第一初級学校からは「伽耶琴部(かやぐむ)」の演奏で歌は「オモニの笑顔で花咲く家庭」中々難しい楽器のようで歌を歌うのは至難の技。そして醍醐西・アジア日本語教室からは「劇・節分って?」日本の伝統的な文化を中国・朝鮮と会話し交流した。陶化小コリアみんぞく教室で舞踊・楽器演奏「バチの踊り」
京都国際学園中・高は、舞踊「プチエチュム(扇の舞)」は華やかなものであった。韓国舞踊部メンバーである。
休憩後、洛中夜間部は合唱、二部学級は遠い過去の時代だったと言えよう! 小学生の絵画
切り絵、アイヌ文様京都朝鮮中高級学校からは舞踊「鳳仙花の花あそび」だった。向島中学校からは「二胡(にーこ)」の演奏や歌である。土曜コリア教室は、メッセージを合唱「U&I」。
最後は陶化小コリアみんぞく教室で舞踊・楽器演奏「バチの踊り」「チャンダンノリ」だった。
韓国・朝鮮籍をはじめ、外国籍の児童・生徒や学んでいるが9団体150名が元気よく踊りや歌、劇、楽器演奏等のステージ発表した。また、絵画・お面などの展示もあった。

2012年2月4日土曜日

八坂神社 節分祭

祇園の八坂神社は2日3日と四花街による舞妓さんが午後1時から節分奉納舞踊のあと「福は内、鬼は外」の掛け声も高らかに豆撒きを行った。今様
八坂神社南門3日、退院上がりの私もいろいろ迷った挙句、八坂神社に行き先を決め9時半ごろ着いた! いつもなら節分は2日に来ていたが、寒々しい冬の一日、雪になったため出るのを諦めた。当神社の節分へは始めてで晴れた良い天気となった。
既に写真愛好家は12・3人も並んでいて良い席は望めそうにないが・・・仕方がない。昨日と違って今様奉納と豆撒きが11時からある、それに合せて皆写真愛好家は来てるのだろうと思った。
豆撒き10時45分、本殿と舞殿(まいどの)前に行ったが5・6人の人が特等席である、私は運がよかったといいたい。祇園甲部の舞妓さん
市和佳さん、佳つ実さん、彩乃さん参拝者の人並みもグンと増えて、11時から今様奉納の舞が行われ、僅か半時間だが続いて豆撒きが行われ大勢の人出でにぎわいをみせた。
13時、舞殿前、いよいよ待ちにまった奉納舞踊の始まり、舞妓さんも八坂神社に到着されている。
最初は祇園甲部歌舞会で奉納舞踊・演目「松づくし」と「祇園小唄」、舞殿に上り、舞妓さん3名が華麗に舞を披露、あでやかなムードに包まれた。笑顔で豆撒き、鬼の出る間がない!
お目当ての豆撒きは「福は内、鬼は外」の掛け声も高らかに、厄を祓い無病息災・五穀豊穣を祈る節分祭が行われた。祇園東歌舞会の5名の舞妓さん
15時から祇園東歌舞会からは5名の舞妓さんが舞殿で艶やかに優雅に奉納舞踊を行った。境内は豆撒きに入ると「福は内」の声に包まれ、舞妓さんらが「福豆」を投げ周囲を取り巻いた参拝者らは必死で手を伸ばし、「こっちにもお願い・・・」の歓声が飛びかった。
祇園の花街では節分行事は多彩のようだが、夜間になると芸舞妓が「お化け」の仮装で楽しませてくれるという!だが真昼間に仮装に扮した「お化け」が数人お参りしていた。
福豆と舞妓さん、振りまくあでやかな笑顔の波状攻撃に、邪気の入り込む余地はなく「鬼」は退散の様相、足元を見たお蔭で、小袋に入った「福豆」を拾い幸先のよい春をむかえた。

ことしは寒さが厳しく雪の多い年になった、立春を迎え祇園の八坂神社はお膝元の祇園甲部と祇園東の舞妓さんがそろい踏み、福豆撒きが華やかさを添える。
福豆たくさん取れたね
華やかな優雅な振り袖姿の舞妓さんらが舞踊奉納し京都らしさ溢れ、豆まきをして一年の無病息災を祈った。

2012年2月2日木曜日

内固定抜去術(骨内異物24/1/24)

2月1日午後、洛西シミズ病院三階108号室の大部屋を晴れて退院した。脳障害でリハビリのため外来で15年もお世話になっている。当病院先生ナースの方々や周りの人に支えられながら今日も生きている。手術室は三室ある
洛西シミズ病院三階病棟お見舞いに馳せ参じてくれた亀岡の先輩や障害者の友人など、横浜の親友、メール電話を下さりありがとうと感謝申し上げる。
入院する前日、22日はPCクラブの新春の集いが京都駅東のリネサンスで行われた。 極親しい友人にはそれとなく伝えていたが一週間程度の入院だが持ち物が持ち切れん程あった。三階病棟、108号室から見た右談話室と突き当りが手術室
北窓際は寒い23日午後から入院である。三階108号室は大部屋(9床)で入院患者は4床でガランとしていた。しかし良いことに寝過ぎるほど睡眠が取られた。24日朝から絶食、入浴し手術着に着替えて手術に行くまでの間、長時間の点滴をする。
手術室担当のナース来て説明するが以前(23/5/24)と同じだった。また救急救命士の方がこられ全身麻酔の同意書をとった。
その発端は平成23年5月23日、京都市山科区の勧修寺で転倒・骨折という思わぬ出来事に遭遇した。1月整形外科定期診察を受け、いつでもチタンの金具をとっても良いとのことで5cm位のチタンの金具「内固定抜去術(左橈骨遠位端骨折術後)」が入っていて同じ部位を切刀、30分程度で終了といった軽い手術で先生は痛みは無いといっていたがその通りであった。抜糸もされたが傷は一生残る!
内固定抜去術(約5cmの骨内異物を執った)当日、大きな手術が2つあり私は4番目、15時17分意を決っして手術室の中に入った。それから一時間、麻酔から眼が醒めた。手術というと一般的に恐怖感が先に立つものだ!心電図や酸素吸入、体温と血圧測定は1時間おきにナースが不安なく援助してくれた。
次の日の朝、グルグル巻いた包帯に血痕が滲みていた。回診のとき包帯交換を頼んだが傷を見るのが痛々しかった。しかし全く傷みも無く、傷口は消毒するだけでガーゼを置きテーピングをした。また4日間位朝晩の抗生剤の点滴だけですんだ。 至亀岡・高級住宅地桂坂、国道9号線が通っている
洛西シミズ病院隣に市立芸術大学予定は、手術抜糸を目途としていたが回診で傷口の治りを診たく、より一日長い入院となった。退院のときは9床満室であった。転倒は極力避けなければならない注意に注意を重ね気を付けて歩こう!
これからも不肖、拙いブログを紹介するつもりである。