2017年2月4日土曜日

八坂神社 節分祭

3日、法住寺の節分会を観てから市バスで八坂神社の祇園東の芸舞妓さんによる奉納舞踊が行なわれるので行った。神社の15:00の祇園東歌舞会の奉納舞踊は四名の舞妓さんが舞殿で艶やかに優雅に舞いを披露した。
演目は「梅にも春」と「祗園小唄」でした。
左から叶紘ちゃん、富久春ちゃん、富津愈ちゃん、雛祐ちゃんが舞った。
神社南東からの後姿で申し訳ない・・・。
叶紘ちゃんと富津愈ちゃん。
富津愈ちゃんの艶やかな姿と襟替えが近い、富久春ちゃん?
雪はしとしと丸窓に、祗園恋しいや、だらりの帯びよと舞う祗園小唄。
奉納舞踊を終え斎館に戻る舞妓さんたち。
右、オバケの涼香さん。
節分祭は無病息災・五穀豊穣を祈って祇園東歌舞会の豆まきが始った。
境内は「福は内」の声に包まれ、舞妓さんらが「福豆」を投げ周囲を取り巻いた参拝者らは必死で手を伸ばし、「こっちにもお願い・・・」の歓声が飛びかった。
神社斎館で四人がならんでくれた!
神社は2日3日と四花街による芸舞妓さんが節分奉納舞踊がある。
祇園花街の華やかな優雅な振り袖姿の舞妓さんらが舞踊奉納、京都らしさ溢れ、豆まきをして一年の無病息災を祈った。
節分行事は多彩のようだが、宮川町にも行って「お化け」の仮装で小凜さんと小うめちゃん、とし真菜さんととし夏菜さんが歩いていた。(2/3撮影)

東山 法住寺の節分会

3日、東山三十三間堂東側にある法住寺(ほうじゅうじ)は天台宗の寺院で、嶋原太夫と天狗やは赤鬼、青鬼、黒鬼による鬼法楽と豆まきが行われ参拝者の厄を祓った。
節分会は午前11時から山伏法螺貝にあわせ、天狗を先頭に赤、青、黒の鬼が各家々の開運厄除けを祈願して回った。
七条通りの商店街を僧侶と鬼三匹は祈願して回った。
昼頃からは「餅つき」があり、嶋原の「菊川太夫」さんが丸めた餅でぜんざいのお供養が行われた。
嶋原の「菊川太夫」さんがお餅を丸められた。
艶やかな菊川太夫さん?
御本尊の「身代不動明王」像は平安期の作で、寺伝によればこの不動像は慈覚大師が造立したといわれ、後白河法皇の念持仏として信仰も篤かったという。


赤鬼は剣と松明で一周した。
青鬼は斧、黒鬼は打出の小槌を持って登場した。
境内では、幼稚園のチビッ子たちも来場した。
豆に群がる人たち、菊川太夫さんの豆まきが行われた。
鬼は外、鬼は外、福は内、福は内と豆まきが始った。
豆をぶつけられ赤、青、黒の鬼が降参し退散した。
続いて採灯大護摩供養が行なわれた法住寺の節分会だった。(2/3撮影)

2017年2月3日金曜日

御金神社 節分会

2日、御池西洞院上る西側にある全国で唯一、金色の鳥居を持つ「御金神社(みかねじんじゃ)の節分会」に行った。神社は金属の神様を祀っていて、お金と書いて「みかね神社」という。
神社はビルの谷間のこぢんまりした境内で、第2室戸台風(1961年)の折、木造の鳥居が倒壊、金箔業者や地元の協力もあって2003年に金色に生まれ変ったという。
神社は地域住民の交流もあって19:00に節分祭が行なわれ、本殿で神事が行なわれ後、火打ち石で火をおこし古札焼納があった。
神社は、金乃神、金乃類を司る神で1883(明治16)年社殿を建立し金神さまの愛称で氏子、崇敬者で祀られるようになったという。
続いて、参列者全員、鈴で清めた。
金運にご利益があるとされ、境内には宝くじ当せんや株の値上がりを願う絵馬がたくさんぶら下がっていた。
元々は農機具や刀剣、鉱山などの金属の神様だったが、商売繁盛のために熱心に参詣する人が増えご利益のある神様と言われている。
町並みの変貌に埋もれる事なく、「お金の神様」として近年隠れた人気を持っている神社である。
最後はお下がりの御神酒や巻き寿司など、福豆もいただいた。
<御金神社(みかねじんじゃ)節分祭>
場所:京都市中京区西洞院通御池上る押西洞院町618番地
料金:境内自由
交通:地下鉄烏丸線「烏丸御池」下車、徒歩6分。
駐車場:無し