2010年6月22日火曜日

紫陽花祭 藤森神社

京都洛南深草の里に学問・勝運と馬で知られている藤森神社がある。額アジサイ、中心が花瑠璃色が綺麗なヒメアジサイ
平安遷都以前から祀られている古社で、古く朝廷から庶民までの崇敬厚く歴史ある神社である。1711(正徳元)年の銘がある「石造鳥居」が南参道前にある。後水尾天皇の御宸筆で“藤森大明神”の額が掲げてあったのだが残念なことに現在はない!清純な白のアナベル
鮮やかなスカイレット江戸時代、前の道が西国大名の参勤交代の道筋で大名行列が神社を通過する度、大名は駕籠から降り、騎乗の者は下馬し、槍を持つ者は槍の穂先を下げ、礼拝して通行したという。しかし、幕末の動乱の時代になり、このような悠長なことでは時代に即しないと新撰組の近藤勇が額を外し、持ち去ったと云われているがその後、不明である。 雨上がりのあと、美しく光り輝く
紫陽花苑の「ヤマアジサイ」墨田の花火とも言う!6月梅雨のころ、境内では紫陽花(あじさい)の花で埋めつくされている。
神社の宮司に聞くと約20年前、境内の笹を伐採しアジサイを植えたという。
アジサイの木は背丈を越える大きさに成長し、色鮮やかな花を咲かせ、参拝者に心のなごみを与えている。柏葉アジサイは満開
約40品種が咲き誇っている紫陽花は色が変化することから「七変化」の名もあり延べ1,500坪のあじさい苑内に公開され、第一・第二合わせて苑内は人一人分ほどの通路を回遊する形式で、およそ3,500株が植えられていて目を楽しませてくれる。フラウ・タイコ
ホワイト藤森神社は別名「紫陽花の宮」と呼ばれ、境内2ヵ所に分れていて、おたふくやアナベル、スカイレットなど、約40品種3,500株が植えられている。紫陽花苑は二つある
ウズアジサイ(おたふく)が後方にみえる紫陽花祭では献花や献茶・神楽の奉納もされる。また本祭と前後する土・日曜日、山城雅楽や日舞など、さまざまな奉納行事もあり賑やかだった。
催しを楽しみつつ、紫陽花苑でアジサイを愛でた。土、日はイベントが盛りだくさんあった!
拝殿では山城雅楽の奉納梅雨の中休み、境内を吹きぬける風は生温く暑さを感じたが、雨上がり光り輝く美しい紫陽花の花は力強く咲き誇っていた。
<紫陽花苑の公開>
藤森神社境内 あじさい苑
住   所:京都市伏見区深草島居埼町609 電話:075-641-1045 
開苑期間:6月上旬~7月上旬
開苑時間:9:00~16:00
入苑料:300円 ※障害者 無料
駐車場:無料
交  通:京阪電車「墨染駅」下車徒歩約7分
      JR奈良線「JR藤森」下車5分
      市バス 南臨5番藤森神社前下車

2010年6月21日月曜日

“半夏生の庭園特別公開中” 両足院

京都、東山祇園にある臨済宗大本山建仁寺塔頭、両足院は非公開の寺院だが、いま、半夏生(はんげしょう)の見ごろを迎えている。ドクダミ科の多年草で水辺に生える半夏生白砂と青松が迎える「唐門前庭」
両足院は白砂と青松が迎える「唐門前庭」が美しく、桃山時代の枯山水庭園の方丈前庭には緑の苔が鮮やかである。書院前庭は京都府指定名勝庭園の池泉廻遊式庭園で、初夏、池辺を彩る半夏生が見ごろ迎える景色は素晴らしい。訪れた人は池辺の半夏生を観賞し梅雨の風情を楽しんでいた
いま、半夏生の見ごろを迎えている書院の前庭に半夏生(半化粧)が群生しており、緑豊かな庭園に白く化粧をほどこす様子から、両足院は「半夏生の寺」とも呼ばれている。 書院で半夏生をバックに撮影する彼女
書院前庭は名勝庭園で池辺を彩る半夏生を観賞するのに素晴らしい半夏生は二十四節気・雑節の一つで半夏(烏柄杓)という薬草が生えるころ(ハンゲショウ(カタシログサ)という草の葉が名前の通り半分白くなって化粧しているようになるところからいう。葉は長卵形で互生し6、7月ごろ、上部の葉が数枚白くなり、名を半化粧ともいう。これと向かい合って花穂を出し、白い小花が咲きはじめるが、花が地味なので虫や蝶など、昆虫を惹きるためというが、定かではない。
ドクダミ科の多年草で水辺に生え、高さ約80cmくらいになる。花は地味で葉が白く変化する
水月亭と臨地亭の二つの茶室池の北側には2つの国宝・茶室がある。
織田信長の弟で、織田有楽斎好みの如庵の写し「水月亭(2畳半台目、暦の席)」その右には“大村梅軒”好みの六帖席の「臨池亭」が並ぶ。臨地亭ではお抹茶の(別途500円)接待もされている。本堂から書院へ続く
桃山時代の枯山水庭園の方丈前庭には緑の苔が鮮やかであるなお両足院は、650年前に建仁寺第35世龍山徳見禅師(1285~1358)を開山として創建された。建仁寺の塔頭寺院で方丈、並びに書院は、江戸・嘉永年間に再建されたものが現存している。本尊は「阿弥陀如来立像」、境内北側に当院鎮守の「毘沙門天立像」を祀っている。
また龍山和尚に帰依した林浄因は、元(中国)の出身で詩人だが、日本で始めて饅頭を作った人物で「饅頭始祖の寺」として知られている。ゆっくり観賞してもらうために抹茶の接待や座布団が用意されている
池に映った半夏生建仁寺塔頭・両足院では、半夏生は夏至から11日目の「半夏生」に花を咲かせることからとも、葉の表面だけが白く変化するともいわれ、訪れた市民や観光客は池辺の半夏生を観賞し梅雨の風情を楽しんでいた。
「半夏生の庭園特別公開」
会   場:建仁寺塔頭・両足院
場   所:京都市東山区花見小路通四条下 建仁寺山内
日   程:6月11日(金)~7月11日(日)
受付時間:午前10:00~午後16:30
拝観料金:大人600円 中高生300円 小学生 無料
      団体割引有 障害者無料
お問合せ:075-561-3216
交   通:阪急河原町駅下車徒歩10分

2010年6月17日木曜日

友人の死

raku-pc-clubの仲間だった清水 衛氏が5月22日の夕方、四条大宮の外出先で倒れているところを発見、救急車で搬送されたが病院に着いた時は息を引き取ったあとでそのまま亡くなった。
謹んでご冥福を祈る。2010年5月22日夕刻永眠。デジカメもある
熱弁する在りし日の清水衛氏(三条アサヒ3f撮影)彼は、心臓疾患で10年以上前にも心臓大手術があり生命を余儀なくされた。
彼との接点は2000年ごろ、左京区高野の京都市障害者スポーツセンターである。
大柄で恰幅もよく健常者に見え、アドバイザーで来る様に感じたのが実感であったが、実はそうではなく既にセンターでリハビリを受けていたのである。だが当時同じ脳疾患の仲間を気使かって野山を散策等の話も聞いたていた。筆者には積極性のある彼に逞しさを感じた。
そのころ、筆者は洛南身障者福祉会館のパソコンに興味を持った時期で、彼も誘ったがあっさりと断られた事がある。
その後、彼は市内のパソコン教室に通いパソコンをマスターして洛南身障者福祉会館の障害者パソコン教室のボランティアとして共々に頑張り、クラブの仲間だった。
命ってなんだろう、寝込むこともなしに突然に彼は天国へと旅立った!
彼は1945(昭和20)年生れの壮年で筆者より年齢が1つ若く、後で聞けば誕生日も1日違いであった。
彼本人が“人生を大きく狂わせた心臓手術”の「ふりかえり」リハビリ記として2005(平成17)年6月21日の還暦からブログ『日暮考』を日課としていたのである。
それが、5月22日(つづく)を最後にぶつりと途絶えた!
筆者は本人宅に6月2日電話を掛け訃報を知った!既に告別式も終わった12日後の事である。
生涯独身を貫いたが、その膨大なブログを見るにつけ料理のことや政治のこと、さらに文化・芸術など、多岐に渡り彼の造詣が深く感心させられる。
2008(平成20)年、老いた尊母が他界された今、彼の心中は1916(大正4)生れの94歳の父が気掛かりだった頃だろう!
彼は、多分あと2,3年先の父の事を考えていたとも云うのだが、人の死は順番通りにはならない。また子孫代々の言葉もあるが、自分の生は子どもに引き継がれていくと言うが錯覚である。祭壇に手を合わす人たち
経典を読誦する気丈な尊父12日突然の訃報を知り仲間たちと寄り自宅へ行った。そこには彼と二つ違いの弟が待っていた。
残された94歳の気丈な尊父は、私たちを家に迎えてくれ、よくお参り下されたとあいさつし、亡き彼の祭壇にむかい経典を唱えてくれたのである。その姿はわが子を亡くした父にとって菩提心を求めようとする心が込められていた。その後、一人一人焼香をあげ冥福を祈った。
突然召された彼の在りし姿を思い起こし、銘々に想い出ばなしを語った。
寿命いえばそれまでだが、65歳は早すぎる!!自宅前で愛用の自転車がある!
人の命の儚さ無常を友の死が教えてくれた。今を楽しく生きる。そう考えて、不満も後悔もない自分の人生を精一杯生きていこう。
<日暮考>
故 清水衛氏リハビリ記
http://blogs.dion.ne.jp/eisui45/

2010年6月15日火曜日

オオモリサンバレイ

10日、体幹機能訓練とレクリエーションをかねて京都市北区のオオモリサンバレイに行った。このクラブは2004(平成16)年から京都市洛南身障者福祉会館パソコン教室でお世話になった人たちと作っている。 2組に別れてプレーした
パーには中々ならない!年数回だが、パソコン学習会や茶話会など洛南身障者福祉会館を催している。
パソコンを通して相互の親睦交流と情報提供・交換および健康維持の向上を目指している。7番ホールはショートコース
晴天に恵まれゴルフも快調10日は晴天に恵まれた絶好のレクリエーション日和になった。
無料の送迎バスは待ち合わせ場所の南区九条御前通南角に到着、一行11人は予定通りバスに乗り込んだ!いつもなら周山街道を直走りだが、乗り合いため右京の西院で12,3名乗車、中京の四条大宮へ・・・5人を乗せて大森へと向った。
25人乗りの小型バスは補助席も倒し満員である。適度な運動でお腹もペコペコ
民家の家並みと澄んだ空気162号線、周山街道の車窓は高雄の春のモミジは新緑が眩しい・・・北山杉資料館もじっくり見学したい・・・山々に眼を向けると手入れの施した北山杉が整然と並んでいる。京北町まであと数㌔の標識見ながらオオモリサンバレイの分岐点は小野郷から右折、幅の狭い曲りくねった道をバスの運転手が慣れたハンドルさばきで難なく通過、一行はオオモリサンバレイ・グラウンドゴルフ場に到着した。
ゴルフ場は変化に富んだ天然芝で2コースある。障害を患っている人たちだが2組に別れ、グラウンドゴルフを開始、ゴルフのスコアカード、ボーリングなら得点が多い人が勝者だがゴルフは違う!
8ホールを2回回り特典の少ない人が優勝。ホールを重ねる度、会話も弾み楽しみが倍増した。お土産は山菜すしと記念品のちりめん山椒
地鶏すき焼き鍋グラウンドゴルフは高齢者に適度な運動量が最適なスポーツで流行している。次は場所を変え、開放された旧家の大広間で鍋料理で舌鼓を堪能した。お土産は山菜すしをいただいたが、オオモリサンバレイは開業25周年「1985(昭和60)年」を迎えていて6月から三ヶ月間、記念品もある。
都会の雑踏を離れ、澄み切った空気を胸一杯吸い込んで明日からの鋭気を養う。
<オオモリサンバレイ>
住所:京都市北区大森東町294
電話:075-(406)2822
料金:大人4000円(障害者3000円)※地鶏すき焼き。大森鍋。
   *各季節料理・・・時価
   ※グラウンド・ゴルフ場使用料無料
定休日:火曜日
車:162号線約一時間
  京都市内から無料送迎

2010年6月9日水曜日

祇園放生会(白川巽橋)

6日、京都祇園、白川の巽橋で第26回の祇園放生会が行われた。比叡山回峰行者と舞妓さんの放流辰巳大明神の前の祭壇には稚魚が2000匹
放生会は人間の食膳をともにする生き物の恵みに感謝し、魚や鳥などを池や野に放って供養する行事である。仏教にいう放生は、この世に生を受けた生きとし生ける一切の衆生は、全て輪廻する己自身の姿であり、我が父母兄弟であるが故に、“殺生を禁じ放生せよ”という教えに基づいている。舞妓さんも放生会に手を合わる
一般市民が手桶に稚魚を10~20匹ほど入れ巽橋から白川に放流11時から始まった放生会は、煎茶の接待や巽橋北側にある辰巳大明神の前で組まれた特設ステージでのジャズや尺八の奉納演奏がされた。舞妓さんがリラックスする姿を捉えた!
生き物の恵みに感謝し、魚や鳥などを池や野に放って供養する引き続き「放生会」について比叡山、慈光院・栢木寛照住職の法話があった。
おわると辰巳大明神の前の祭壇で比叡山大行満大阿闍梨、光永圓導師が読経をいたし奉修が営まれた。白川沿いにあった紫陽花
2名舞妓さんは撮影会OK12時半過ぎ、大阿闍梨・回峰行者と舞妓さん、一般市民が手桶に稚魚を10~20匹ほど入れ巽橋から白川に約2000匹が次々に放流された。本来は鯉の放流だったが1993(平成5)年から稚魚に変わったという。手桶を回収するバイトの人たち
お願いして撮影許可をいただいた!供養が終わると比叡山の大阿闍梨一行は立ち去られるが、大阿闍梨のカメラ撮影は禁止されている。また、各地で多くの放生会が行われているが、比叡山の大阿闍梨が下山されて奉修をされるのは祇園放生会だけだという。記念撮影は写メールで
なにか言いたそうにしてのが心に残った!京都の観光スポットとして有名な祇園白川、普段でも観光客で賑わう場所、この祇園の地を末永く魚鳥類と人間が憩う共生、実践の場とし、慈悲と功徳を願う法会に舞妓さんも放生会に手を合わせていた。仕草が艶ぽい舞妓さん
今年の放生会は天候も好く例年より物見遊山に集まった人も多く、舞妓さんの記念撮影会や観光客・写真愛好家で一時は身動きが取れないほどの大混雑になった。一般の市民を見つめる舞妓さん
全て終了し辰巳大明神へお参りした栢木寛照住職京都祇園の風情ある白川・巽橋周辺の佇まいに、朝から大勢の人々が集まり大変な賑わいだった。
<祇園放生会>
ところ:祇園白川巽橋・辰巳大明神前
   (東山区花見小路通新橋西入ル)
とき:6月6日(日)午前11時~
交通:京阪電車「四条」駅下車徒歩5分