2010年5月4日火曜日

上御霊神社の「イチハツ」

京都市上京区の上御霊神社は御霊(ごりょう)さんと親しまれている。
いま、境内の南側の堀一面にアヤメ科の“イチハツ”が見ごろを迎えている。祭礼の垂れ幕がかかる本殿
西門の鳥居境内の拝殿には5月18日祭礼の提灯や巡行する三基の神輿も飾られている。
上御霊神社は平安京の守り神として崇道(すどう)天皇を祀ったのが始まりとされ、八柱を祀っている。天災や疫病が流行すると御霊をまって鎮め、災いを無くそうとした御霊信仰があり、いまも人々は心を鎮める御霊神社のお守りを授かっている。境内の森が応仁の乱発祥の地アヤメ科の中でいち早く咲く、イチハツ(鳶尾)の命名の由来といわれ、原産は中国1467(文正二)年、正月18日早朝この上御霊神社付近の境内の森で、失脚した管領の畠山政長と畠山義就との私闘が繰り広げられ、御霊合戦は翌年勃発の応仁の乱の前哨戦となり、応仁の乱発祥の地とされている。聞き慣れないイチハツ
イチハツの別名は“鳶が羽を休めている様子に似ている”からと言う!
過去の歴史はともかく、同神社の南側には紫色の「イチハツ」の花が、堀一面に美しく咲き誇っている。
聞き慣れない名前の語源はアヤメ科の植物のなかで、”いち早く咲く”ので、イチハツ(鳶尾)の命名の由来といわれ、原産は中国で、江戸時代に日本へきたという。イチハツの別名は、鳶尾または鳶尾草といって花の中央の花柱が“鳶が羽を休めている様子に似ている”からという。広辞苑の新村出博士の歌碑樹齢150年のクロ松は、安政六年皇女壽満宮さま誕生の折、植えられた
イチハツの特徴は、外側の花びらの中央にトサカ状の白い突起があり花びらに少し濃い色で斑点模様がある。
水がなくてもきれいな花を咲かせ、紫色が目に沁みる美しさだった。
イチハツは南門外の堀のなかにたくさん咲いている。
またイチハツは根っこを乾燥させ、漢方薬として用いるようでアヤメやカキツバタと非常によく似ている。初夏の気分にさせてくれる
拝殿には三基の神輿も飾られている
上御霊神社の堀のイチハツはいま、ピークを迎えている。
この春、低温続きだったが、涼しげな紫色のイチハツは、初夏の気分になり愛でていると清々しい・・・。
同神社では5月18日に御霊祭が行われる。
<上御霊神社 イチハツ>
住所:上京区上御霊前通烏丸東入ル 電話:075-441-2260
   拝観自由
交通:地下鉄烏丸線「鞍馬口駅」下車、徒歩4分

2010年5月3日月曜日

京都 蹴上浄水場つつじ一般公開

京都東山の「蹴上浄水場」は、琵琶湖疎水から水を取り市民に潤いを与えている。毎年ゴールデンウイークのころ、つつじの開花とあわせて施設も一般に公開されている。蹴上浄水場からの眺望
第一地高区配水地とつつじことしも例年通り4月30日~5月3日での4日間、一般公開をされたが、春の低温でつつじの開花は遅れ2,3分咲きといったところ、しかし、蹴上浄水場には春の訪れが待ちどうしく市民が大勢きていた。リュウキュウツツジとキリシマツツジ
紫色の花を咲かせるオオムラサキツツジ11万平方メートルの水道の処理施設の斜面には、鮮やかな新緑が萌え、ちらほらとつつじが咲いていた。
市水道局が管理する蹴上浄水場は、1912(明治32)年に竣工した京都市で最も古い浄水場で、琵琶湖疏水を考えた“田辺朔郎工学博士”いること忘れてはならない。
1880(明治23)年に竣工した琵琶湖疏水から取水した水は、日本最初の急速濾過式装置で濾過され、水道水として市民に供給された。当時の給水能力は一日681000m3で、約40000人の市民に水道を供給されたが、水需要の増加に対応するために、1962(昭和37)年に改良し、給水能力が一日198000m3なった。色鮮やかなキリシマツツジ
黄色い花を咲かせる、珍しいレンゲツツジしかし、創設時から施設は老巧化し、原水の水質悪化や処理水量の急激な変動時に耐え切れなくなり、1997(平成9)年創業時からの老朽化した施設を更新、新たに着水井、ちんでん池、ろ過池を建設した。
現在、給水能力は一日99000m3だが、将来的は一日198000m3に復元するという。
蹴上は古の京都へ入る三条通りに続くところである。通用門から入ると、昇り坂になっておりサービスの飲料水「疎水物語」のボトルや「うちわ」を頂いた。 試飲コーナー
ミスト(霧)コーナーおや、ミスト(霧)コーナー?がある!水道水に高い圧力をかけ、特殊なノズルで霧を噴出して効果的に気化させ、その気圧熱で周辺気温を下げるもの(平均3℃程度低下)環境にやさしい方法だという。そこに入ると気持ちがよくなった。さらに隣には、市販の飲料水と水道局の「疎水物語」を飲み比べるコーナーもあった。与謝野晶子の歌碑
つつじのトンネルの小路があった与謝野晶子の歌碑を眺めて、第一高区配水地、途中、つつじのトンネルもあった。さぞかしつつじが満開の時は綺麗だろうと思って先を急いだ!
さらに上へ・・・最高配水地には長い石段を上り詰めると市街を一望できる処があった。昇りおえると黄色い“レンゲつつじ”が待ちかまえていた。 遅咲きの一本の桜の木が花をつけていた
4日間の公開で大勢きていた頂上は真紅のキリシマツツジが迎えてくれ、職員たちの計らいで無料のポラロイドカメラで写真撮影してくれた。
みな、昼の一時、弁当を広げながら春の一般公開、話も弾んでいた。
<蹴上浄水場>
公開期間:通常は非公開(ただし、4月30日~5月3日4日間公開)
場所:京都市東山区粟田口華頂町3 TEL075ー771-3102
交通:市営地下鉄東西線「蹴上駅」下車すぐ

2010年5月2日日曜日

長岡天満宮 きりしまつつじ

牡丹で有名な乙訓寺と長岡天満宮・八条ヶ池のキリシマツツジを30日訪ねた。一の鳥居から中堤は参道菅公ゆかりの長岡天満宮
京都府長岡京市の天満宮では、牡丹もキリシマツツジもシーズンがほぼおなじなために案内のパンフを置いている。真ん中の石の「太鼓橋」は、加賀百万石の前田候の寄進
九州南部にある霧島山に因んで名付けられたキリシマツツジは、高さ2.5m~3mにもなるという菅原道真公が左遷され太宰府に向かう途中、当地・長岡に名残を惜しんで寄られ「わが魂長くこの地にとどまるべし」とことばを残された。その後、この地に菅公自作の木像をお祀りし創立した。あざやかな真紅
今年は春の低温だったが見事に咲き誇った!江戸時代に当地一帯を領した八条宮智仁親王が、境内の東側に「八条ヶ池」を築造された。長岡天満宮は、皇室の崇敬厚く1638(寛永15)年、天満宮の東側に南北に細長くのびるこの池は、親王にちなんだもので、翌年境内周囲に堀を掘ったと伝わっている。新緑も爽やかな三の鳥居をくぐり石段へ
中堤と中ノ島を結ぶ総檜造りの水上橋一帯は市民の憩いの場である以来今日まで農業用の溜め池として利水され、外周は約1㎞、貯水量は約35000トンもあり八条ヶ池は農作物に潤いを与えた。
豊かな池を二分する中堤は参道として使われており、真ん中の石の「太鼓橋」は、加賀百万石の前田候の寄進だという。その見事な緋色のキリシマツツジは我が国随一と言われる
八条ケ池ふれあい回遊のみちの六角堂池のほぼ中央にのびる中堤には、キリシマツツジが参道の両側に植わっている。
周辺は花々を求めて訪れる観光客・参拝者も多く「キリシマツツジ」は、四月末には真紅の花を咲かせる様は壮大である。
キリシマツツジは、「霧島ツツジ」の意で、九州南部にある霧島山に因んで名付けられた。霧島にあるツツジは野生に近い品種で、大きく株別れしており高さ2.5m~3mにもなるという。北から眺めた中堤と太鼓橋
虫を咥えたひよ鳥?が木陰で・・・現在、中堤両側にキリシマツツジ・樹齢100~150年位と推定されており、約80株が植えられていて市の「天然記念物」に指定されている。また、八条ヶ池には水上橋がありその途中には六角舎がある。
池畔には料亭・錦水亭の張り出しお座敷もあり、長岡京名産の竹の子料理を食べながら鑑賞することができる。とれ立て竹の子の刺身は逸品だが、予算の都合で、出店で買う竹の子弁当もなかなかの春の味だった!
中堤と中ノ島を結ぶ総檜造りの水上橋を含む一帯は、「八条ケ池ふれあい回遊のみち」と名付けられ、多くの人々に親しまれている。 八条宮智仁親王が築造された池と名峰愛宕山がみえる
今の時期、料亭・錦水亭の張り出しお座敷で、長岡京名産の竹の子料理を食べながら鑑賞することができる八条ヶ池のキリシマツツジは有名で、その見事な緋色の回廊は我が国随一と言われ、花の満開の季節には多くの参詣者や観光客で賑わっている。
<長岡天満宮 きりしまつつじ>
・京都府長岡京市天神二丁目15-13 :TEL 075-951-1025 
・拝観自由
・交通:阪急電車「長岡天神」駅から徒歩約5分
・   JR「長岡京」駅から徒歩約15分
・車:名神高速「大山崎」IC~数分
・駐車場有り
なお、牡丹の乙訓寺と長岡天満宮「キリシマツツジ」はシャトルバス(運賃100円)利用した方がよい!
※シーズン中は長岡天満宮(文化センター前から)~乙訓寺 随時運行中なお5月5日まで! 
■バリアフリーについて
 ご祈祷も拝殿の中まで車椅子のまま入って頂ける。 身障者用トイレも有る。
 その他、盲導犬、聴導犬、介護犬を伴っての御参拝、ご祈祷も可。

2010年5月1日土曜日

乙訓寺の牡丹

京都府長岡京市にある真言宗・大慈山「乙訓寺」は、牡丹の寺としても多くの人に親しまれている。本堂前の色とりどりの牡丹の花
長谷寺と係りのある乙訓寺二千年前の弥生時代から多くの人が住んでいて聖徳太子は、この地に十一面観世音菩薩を本尊とする伽藍を建立、乙訓寺である。創建の正確な時期は未詳だが、境内出土の瓦の年代から、長岡京造営以前、奈良時代の創建と推定されているそうだ。昨年は24日満開だった!何とも言えない美しさ・・・垣武天皇は、784(延暦3)年に長岡京を造営した際、都の地鎮として大規模に増築されている。翌年、藤原種継が春宮房により暗殺され、天皇は早良親王皇太子を乙訓寺に幽閉された。嵯峨天皇は811(弘仁2)年太政官符をもって弘法大師を別当にされた。光が輝く荘厳花
本尊の供花として弘法大師が一時住したともいわれ八幡明神の霊告をうけて合体の像を造り、毘沙門天像を刻んでは国家の豊楽を祈られた。境内には、実る柑子を朝廷に献上された木が残っている。頬を染めた乙女の様!
黄色の品種は低温で開花が遅い講堂、大師のご起居されたと考えられる単独僧坊跡が発掘調査され、出土がわら等により、平安期に隆盛を極めていたことがわかっている。極楽浄土で遊ぶ・・・
陽除け傘1558~1569(永禄年間)年、信長の兵火により一時衰微したが1693(元禄六)年、五代将軍綱吉は、堂宇を再建して乙訓寺法度をつくり、寺領を寄せ徳川家の祈願寺とした。
ところで四月下旬から五月上旬にかけて牡丹が花ひらき、これに前後して、つつじも咲き陽春は花の寺と化する。乙訓寺の牡丹は、1940(昭和15)年、本山の「長谷寺」から贈られた二株からスタートし、永い間住職が丹精込めて育て、いまや30品種2000株にもなり関西のボタン寺との異名がつくほどになったが、以前の乙訓寺は、表門から本堂まで松並木が続く美しいところだったいう。しかし、1934(昭和9)年、室戸台風の被害で倒木したという。 1940年、二株から始まった!
赤い牡丹境内は色鮮やかな赤や紫・白に黄色等など美しい牡丹が花を咲かせて私たちの目を楽しませてくれる。
しかし、ことしは低温の影響で一週間、開花のペースは遅れている!このゴールデンウィークは見ごろを迎えてたくさんの参詣者や観光客が牡丹を目当てに寺を訪れる。29日祭日、4000人もの人が牡丹の花を愛でに来たと関係者は言う。ことしも乙訓寺の牡丹を観賞した
鐘楼のところで・・・また、写真撮影はOKだが一脚・三脚使用は禁止。スケッチ等もお断りだ!
なお、乙訓寺は場所もわかりにくいところなので注意が必要だ!
<乙訓寺の牡丹>
住所:京都府長岡京市今里3丁目14-7 
電話:075-951-5759
拝観時間:8:00~17:00
入山料:500円 ・障害者400円
駐車場:あり
車の方は入り口手前に有料臨時駐車場(500円)を用意してある。
■交 通は不便で長岡ハッピー「シャトルバス(運賃100円)」利用した方がよい」か
乙訓寺シャトルバスを利用したい。

※シーズン中は長岡天満宮(文化センター前から)~随時運行中! 
■車=名神高速「大山崎」IC~数分