2014年7月10日木曜日

国見温泉 森山荘

秋田の角館武家屋敷を観て国道46号を盛岡方面へ、クラスメイトの親友は国見温泉を紹介してくれた。
仙北市角館郊外の田園風景。国道46号を盛岡方面へ進む・・・。国見温泉は岩手・秋田との県境の奥深い険しい山道を進むと南八幡平国立公園の駒ヶ岳烏帽子岳登山縦走基地になっている。
まず現れるのは石塚旅館。
ロッジ風の建物・森山荘。突き当りまで行くと、すぐ道路は終点で、その先にロッジ風の建物・森山荘がある。
森山荘の玄関口。
南八幡平国立公園の駒ヶ岳烏帽子岳登山縦走基地になっている。秘境の湯は岩手県と秋田県の県境付近にあり、岩手側にある国見温泉には宿が二軒、源泉はもう一軒の石塚旅館が持っており、森山荘はそこから引き湯している。
狭い階段を下った先に混浴露天風呂がある。
温泉は別棟で、男女別の内湯や混浴露天風呂がある。温泉は別棟で入浴料を支払い、男女別の内湯や露天風呂がある。 露天風呂が目的で左に折れ、狭い階段を下った先に露天風呂があり脱衣所は湯舟の奥に男女別に用意されている。
「見晴らしの丘」で、湯はバスクリンのような鮮やかなエメラルドグリーン色だった。。
5,6人が入浴出来るスペースで、湯はややぬるめであった。露天風呂は5,6人が入浴出来るスペースで、湯はややぬるめで刺激の少ない柔らかな感触で湯はバスクリンのような鮮やかなエメラルドグリーン色だった。
また森山荘の温泉はペット用の浴槽まで用意されている。
16時ごろ温泉に着いたが盛岡の男性と3人だった。源泉は無色透明なそうだが、湯の中に藻の一種が含まれており、湯船に流れ出ると紫外線に当たって光合成を起こし緑色になる本当に珍しい湯であった。
秘境の湯は岩手県と秋田県の県境付近にあった。
玄関先では山菜の「ミズ」が売られて、駒ヶ岳湧水が流れていた!全国的にも珍しい鮮やかな緑色の湯で、まるで入浴剤を入れたような感じで、「含硫黄-ナトリウム炭酸水素塩泉(硫化水素型)」『薬師の湯』となって登山などに好評だという。 また森山荘はペット用の浴槽まで用意されている。完。(7/1撮影)
<国見温泉 森山荘>
住所:岩手郡雫石町橋場国見温泉
電話:0196-24-3189
宿泊:1泊2食付/9,330円
入浴料::500円
営業時間:7:00~20:00冬期休業:11月中旬~5月初旬     
     ※混浴露天風呂の女性時間(6:30~7:30/11:30~12:30/20:00~21:00)
温泉:効能・含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩泉(硫化水素型)
駐車場:無料

2014年7月9日水曜日

小京都 角館2

武家屋敷通りを歩るいているとまるで江戸時代に迷い込んだような錯覚に落ち込んだ。青柳家の敷地は約3千坪もあり一つ一つ丁寧に観ていたら日が暮れてしまうので先を急ごう。仙北市指定史跡の「石黒家」に行ったがこの屋敷は6軒の中でも格式が最も高く、財政関係の役職についていた家柄という。
正面玄関と脇玄関を備える武家らしい佇まい。
石黒家の門。茅葺き屋根の主屋の覗き窓の付いた黒板塀、正面玄関と脇玄関を備える武家らしい凛とした表情を持っていた。
中心ある杉の木は300年以上も経つ。
座敷に上って内部を見ることが出来きた。(欄間の影絵)。角館では唯一、案内の人が居り座敷に上って解説を聞き、内部を見ることが出来きた。
肥前国出羽守藤原行広という名刀。
石黒家の甲冑。石黒家の主屋は築200年経っていて現在も子孫が住み続け、家屋の維持保存を行なっているという。
箱ぞりや踏俵。
石黒家の離れの蔵は展示室になっていて、箱そりや踏俵(ふみだわら)など昔の懐かしい道具が置かれてあった。
彩色木彫像や土人形像。
五月人形。また、嘉永二(1849)年作の彩色木彫像や土人形像など古い天神様があり、その左には五月人形もあった。
岩橋家の内部。
秋田県指定文化財の岩橋家は木目葺きに変えられた。表町下丁あとに秋田県指定文化財の岩橋家を見たが、屋敷は江戸時代末期に改造、茅葺から木目葺きに変えられ大火の時は事なきことを得たという。
縁側は土間があり、障子が外にあった!
屋敷は江戸時代末期に改造、茅葺から木目葺きに変えられ大火の時は事なきことを得たという。角館の中級武士の屋敷として間取りなどに典型的な形を残しているという。樹齢300年以上の柏の木が岩橋家のシンボルだというが見過ごした!
現在の建物は明治中期に建てられた。
河原田家の門。東勝楽丁の黒板塀に垂れ下がるしだれ桜を想像して歩るくと、河原田家があった。
玄関には鷹の屏風が置いてあった。
河原田家の紋?河原田家は戦国時代に「芦名」氏の重臣として会津から移ってきたという。現在の建物は明治中期に建てられた物だそうで中に入って観ることは出来なかったが相当傷みが来ていた。
小野田家の門。
庭続きに隣の小野田家に行ける。ここは庭続きに隣の小野田家に行けるのだが、観光客が転倒して残念だが今は歩くのを止めていた!
直武は解体新書を始め、蘭画でも名高った。
平賀源内が、秋田藩士角館であった小田野直武の画才を見て驚いた!いよいよ、ラストの小野田家、1773年、平賀源内が、秋田藩士角館であった小田野直武の画才を見て直武に、陰影法や透視遠近法などの洋画法の知識を与えたという。
1779年、32歳の若さで亡くなったという。
直武は解体新書を始め、蘭画でも名高ったが惜しくも1779年、32歳の若さで亡くなったという。それが「秋田蘭画」という。
国の名勝、2㌔の桜のトンネル。
ゆったりと流れる桧木内川、桜並木と鮎釣り人。みちのくの小京都と呼ばれる角館は、武家町と町人町に分けられた町並は390年近く経っても変わらない古を偲んだ。国見温泉につづく・・・(7/1撮影)

2014年7月8日火曜日

小京都 角館

6月下旬、所用で古里岩手花巻に帰省した折、以前から興味のあった秋田県仙北市にある角館町を1日訪れた。気儘に列車に揺られ一人旅もよいがクラスメートが車を出してくれ快く送迎してくれた。
行く途中、蕎麦の花?が一面に咲いていた。
盛岡市内から国道46線(秋田街道)に進み仙石トンネルで県境に入り田沢湖公園を右に見て角館街道に入り約1時間30分で到着した。
昔から道路幅が変わっていなく、芦名氏は『先見の明』がある!!
桜の新緑が映える武家屋敷。角館は仙北平野の北部に位置する城下町で桧木内(ひのきない)川沿いに市街地が開けた。
青柳家の母屋は重要文化財。
400年の歴史を誇る、薬医門(青柳家)。この町は三方が山々に囲まれた盆地で冬は2mを越す積雪があり、夏は蒸し暑く、『みちのくの小京都』と呼ぶに相応しい風情を漂わせている。
鬼板や懸魚などで意匠こらした玄関口。
今も絶え間なく流れる沢水は「新日本紀行」で取り上げられたという。この町並は、元和6(1620)年、芦名義勝によって造られ、武家屋敷80戸、商屋350戸と数えられ秋田藩の中では最も大きな城下町だったという。
青柳庵ミュージアムで・・・。
3000坪の青柳邸、数々の歴史美術がある。角館は「火除け」と呼ばれる広場を中心に、北側には武家屋敷が建ち並ぶ内町(うちまち)と南側には町人や商人が住む外町(とまち)が区分されていたという。
外町は内町とは対照的にびっしりと商人などが続き、一方内町は築200年以上の屋敷が建ち並んで、歴史ある武家屋敷と黒板塀に垂れ下がる美しいしだれ桜並木がある。
土蔵。この町割りは390年余たった今でも変わらず残っている。
秋田郷土館にて・・・。
桜皮細工(秋田郷土館)。なお武家屋敷群の表通りは国の重要伝統的建造物群保存地区指定を受けている。
毎年9月7,8,9日行なわれる祭りの山車は18台は「おやまばやし」という手踊りが披露される。三日の深夜には通行優先権を争って山車どうしが激しくぶつけ合いをする。 
松本家の母屋と杉皮葺きの置石屋根。映画「たそがれ清兵衛」のロケ地にもなったという。
明治7年6月2日創立したという角館小学校跡地。4月下旬、桜の咲く頃来てみたい・・・石黒家へつづく