2010年7月9日金曜日

白峯神宮 けまりと小町をどり

7日、上京区・白峯神宮では午後2時30分から「精大明神例祭」(七夕祭)が開催された。 雷雨にも拘らず蹴鞠を観る参拝者
今出川堀川にある白峯神宮それに先立ち、精大明神例祭の神事が執り行われていたが、急に雷雨に見舞われ、境内の蹴鞠庭では出来なくなり、拝殿での蹴鞠の奉納となった。蹴鞠奉納に続き、4時30分からは少女20人が伝統の「小町をどり」が奉納され、踊り子たちの可愛い掛け声が七夕の曇り空にこだました。蹴鞠を済み拝殿から降りる人たち
拝殿で行われた蹴鞠白峯神宮は崇徳天皇・淳仁天皇を祭神とする神社で、蹴鞠(けまり)と和歌の宗家である飛鳥井家の邸宅跡であり、境内には代々「精大明神」(けまりの神)を祀った地主社がある。小首を傾げてシナをつくる!
紫のハチマキに桔梗の銀かんざし可愛い児童たち「精大明神」は「七夕の神」とも説かれ、芸能・学問の向上を祈って、七夕小町をどりがあでやかに奉納された。
七夕は中国より伝来し、「乞巧奠(きこうでん)の(女子が手芸や・裁縫などの上達を祈ったもの)」行事と、牽牛星と織女星が年に一度天の川を挟んで出会うという星の伝説に、日本古来の棚織津女(たなばたつめ)の伝説などが習合して行われるようになった風習で、奈良時代に宮廷や貴族の間で行われるようになったという。江戸時代には五節句の一つに数えられ、裁縫や技芸の上達を願い、五色の短冊に詩歌などを書いて笹竹に飾るなど、広く庶民の間でも行われるようになったという。観客は微笑ましい姿に見惚れていた!
園児や児童による小町をどり元禄時代のきらびやかな衣装を身につけた少女たちによる「小町をどり」が奉納された。この踊りは、西陣の少女が芸能の上達を祈り踊り歩いたことや、公家が七夕の日に詠んだ歌を御所に届ける文使い(ふみづかい)の供が道中で舞ったと起源される。 父兄が見守る中、小町をどりは進む
左手に小太鼓をもち、シナをつくる雷雨も上り、雲間から陽ざしも洩れる中、あでやかな着物姿に化粧をした園児や児童らが境内に登場、参拝者や保護者らが見守るなか、太鼓を鳴らしながら笹飾りの周囲をゆったりと踊った。しぐさが余りにも可愛い!
牽牛星と織女星が年に一度天の川を挟んで出会うという星の伝説衣装は、紫のハチマキに桔梗の銀かんざし、緋の襦袢を片袖ぬぎにして、金襴のたすきと帯、赤いしごき、青を基調にした着物は、緋とのコントラストがひときわ艶やかさをます。園児や児童らの可憐さ優雅さ華やかさを強調する。
左手に小太鼓をもち、右手のバチをかざして“シナ”をつくり、広場中央の七夕飾りの大笹の元、牽牛・織女の周りを回りながら、歌に合わせて打ち鳴らすトントンとかわいた小太鼓の音が、静かな境内に響き渡った。牽牛・織女は最後は小町をどりの輪に入り踊る
七夕の風物詩として広く親しまれている明治の遷都以後、一時途絶えていたが、1962(昭和37)年に地元の人々によって復活、以後今日まで、夏の風物詩として、当神宮ゆかりの「けまり(蹴鞠)」と共に広く親しまれている。なお当日は、有料のお茶席も設けらている。
<白峯神宮>
場所:京都市上京区今出川通堀川東入ル飛鳥井町261  
電話:075-441-3810 
日時:2010年7月7日(水) 14:30~
拝観:境内自由
交通:市バス「堀川今出川」下車直ぐ

2010年7月7日水曜日

即成院(そくじょういん)

即成院は総本山泉涌寺の総門の左前が入口の門である。
光明山と号する真言宗泉涌寺派の塔頭で、992(正暦3)年、恵心僧都より伏見(宇治川北岸)に建立された光明院を始まりとする。門から右側に本堂がある総本山泉涌寺の総門の左前が入口の門である
1087~94(寛治年間)年には、関白藤原頼通の第三子橘俊綱が、山荘造営にあたり当院を持佛堂として傍に移設し、伏見寺または即成就院と呼ばれていた。
1594(文禄3)年、豊臣秀吉の伏見城築城のため、深草大亀谷に移転し、さらに明治に至り、廃佛毀釈の法難に遭い廃寺、本尊諸尊は泉涌寺の仮堂に移された。その後、明治35年泉涌寺総門の現在の地で再興され、即成院と呼ばれるようになったという。
導延命地蔵菩薩本尊である阿弥陀如来像と、それを取り囲む二十五菩薩像が安置されている。中央に来迎姿の阿弥陀如来、その両側に笛や太鼓等色々の楽器を携えた二十五菩薩像がそれぞれ喜びを表すかのように微笑を浮かべている。なお、仏像拝観は有料。即成院は10月第3日曜に公開される二十五菩薩練供養の行事が有名で参詣者で溢れ広く信仰を集めている。那須与一の大きな石造宝塔
境内には那須与一の墓と伝えられる石造宝塔がある。
寺伝によれば与市は出陣する途中病に罹ったが、当院に参籠し、本尊の霊験で平癒し、屋島の戦いで戦功をたてたので、佛徳を感じて出家し当院に庵をむすび、没したと伝えられている。
即成院の那須与一の墓は本堂後方にあり、平安時代末期による建造の3mもある大きな石造宝塔で「的に当たる、合格祈願やご利益」などで日々参詣者があり香華の絶えたことがない。
<即成院>
住    所:京都市東山区泉涌寺山内町28 電話:075-561-3443
拝観時間:9:00~17:00
拝観料金:境内無料(本堂内陣特別参拝500円、10月第3日曜1000円)
交    通:市バス「泉涌寺道」下車徒歩5分

2010年7月6日火曜日

丈六 戒光寺(じょうろく かいこうじ)

皇室の菩提所である真言宗泉涌寺派総本山御寺泉涌寺の総門を入り、参道の左側に塔頭戒光寺がある。本尊・木造釈迦如来立像は「身代わり丈六さん」と呼ばれ親しまれている(パンフより写真掲載)泉涌寺の塔頭戒光寺の山門
巨大な仏像は1丈8尺(身の丈約5.5m)で、高さ10m(台座・光背含む)の本尊・木造釈迦如来立像を安置する戒光寺は、重文の「身代わり丈六さん」と呼ばれ親しまれている。戒光寺の創建は鎌倉時代の1228(安貞2)年、宗から帰朝した曇照忍律(どんしょうにんりつ)上人により八条大宮の東に、大きな伽藍を持つ戒律復興の道場として建立され後掘河天皇の勅願所となった。
その後、1467(応仁元)年、応仁の乱により堂于を焼失した。
本尊丈六釈迦如来像は難を逃れ、何度か移築後、1645(正保2)年、後水尾天皇により泉涌寺の塔頭として現在に至っている。なお、猪熊八条と堀川一条には現在も“戒光寺町”の名が残っているという。江戸時代建立の本堂前に、新本堂を増築した
寄木造の極彩色の木彫の大仏で他に例はない本尊の丈六釈迦如来像は、鎌倉時代の仏師「運慶、湛慶親子」合作で木像・寄木造の極彩色の木彫の大仏である。また、“身代わりの釈迦”と言われる様になったのは、首から上の病や悪いことの、身代わりになり、大きな仏様という意味で「丈六さん」と呼ばれ、嵯峨清涼寺(嵯峨釈迦堂)、大報恩寺(千本釈迦堂)など、京都八釈迦の一つに数えられ、庶民にも深く信仰されている。 その名の通り「いかなる願いも必ず成就して下さる」融通弁財天
泉山融通弁財天境内の西側には、泉山七福神巡りの一つ、融通弁財天はその名の通り「いかなる願いも必ず成就して下さる」と、信仰が厚い。この弁財天尊像は伝教大師作と伝えられており、秘仏ご開帳は年2回、1月の成人の日に行われる七福神巡りと11月3日の弁財天大祭のみ、行われている。融通弁財天から見た本堂
元新撰組隊士だった御陵衛士の墓境内には元新撰組隊士だった御陵衛士の伊東甲子太郎他15名の墓地がある。なお墓参は事前申込が必要で有料。江戸時代建立の本堂前に、新本堂を増築、黄金色の仏像がより美しくLEDに照明を変えられ光り輝いている。
<戒光寺>
住所:京都市東山区泉涌寺山内町29 電話075-561-5209
    拝観自由
交通:市バス 泉涌寺道下車 徒歩7分

2010年7月3日土曜日

東山 泉涌寺(せんにゅうじ)

泉涌寺は東山区にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院である。東山通り「泉涌寺道」バス停で下車し、東へ向かう緩やかな上り坂を登ると総門があり、さらに参道は続いて泉涌寺境内へ入る大門がある。三尊仏がある仏堂、隣は舎利殿緩やかな上り坂を登ると総門
泉涌寺は、東山連峰の月輪山麓に広大な寺院を持ち、歴代皇族のご尊牌を祀り、我が国随一の皇室の香華院(菩提所にあたる)として篤い信仰を集め“御寺(みてら)”として親しまれている。本尊は三世を表す過去・現在・来世、釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三尊仏である。唐門と霊明殿過去・現在・来世を表す釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三尊仏(写真はパンフより)
泉涌寺の起源は824~834(天長年間)年に弘法大師がこの地に庵を結び、法輪寺と名付けられた。(一時仙遊寺と改称された)1218(健保6)年、順徳天皇の時代に当寺の開山と仰ぐ月輪大師が、この地に大伽藍を造営し、寺地の一角より霊泉が涌き出たことにより、寺号を泉涌寺と改めた。
月輪山の山麓に広がる寺域内には、鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓がある。仁和寺、大覚寺などとともに“皇室ゆかりの寺院”として知られるが、草創の時期や事情についてはあまり明らかではない。御座所(天皇の休息所)
大師は若くして仏門に入り、中国の宋に渡り深く仏法の奥義を究められ、帰国後泉涌寺の戒律の復興を計り、天台・真言・禅・浄土の四宗兼学の寺として大いに隆盛させた。
皇室からも深く帰依せられ、1242(仁治3)年、四条天皇が葬られてからは歴代天皇の山稜がこの地で営まれるようになった。以来、泉涌寺が「みてら」と呼称される所以である。
境内は仏殿・舎利殿をはじめ、天智天皇以降の歴代皇族のご尊牌を祀る霊明殿などの伽藍を配し、春の新緑、秋の紅葉には一段とその美しい姿を映えさせている。
泉涌寺の大門は、1596~1614(慶長年間)年に御所の門を移設し、山号の「東山」(とうざん) は掲額されている。大門をくぐり、左手に楊貴妃観音堂は通称・楊貴妃観音がある。
仏殿には運慶作と伝えられている本尊の三尊仏が安置、過去、現在、未来の三世にわたって人類の安泰と幸福を守っている。天井には狩野探幽作の龍の図が描かれている。今も清水が涌いている泉涌水屋形
仏堂の脇に清少納言歌碑泉涌寺の名の由来となった「泉涌水屋形」があり、この泉は今も枯れる事なく涌き続けているという。
仏殿の背後に建つ舎利殿は御所の清涼殿を移築したもので、室町時代の応仁の乱など、諸堂は度々火災に遭っているが、1668(寛文8)年、四代将軍家綱により修復され、大復興された。また皇室ゆかりの霊明殿、御座所などの建築がある。本坊庭園から見る霊明殿
月輪陵舎利殿は、本坊を一番北にして御座所(天皇の休息所)、霊明殿と南北に一列に並んで建っている。また、霊明殿の東側に月輪陵がある。
霊明殿は1884(明治17)年の再建で天智天皇と光仁天皇から昭和天皇に至る歴代天皇皇后の尊牌(位牌)を安置している。また御座所は安政年間(江戸時代末期)に建立されたが、1882(明治15)年、霊明殿、庫裡、書院とともに炎上し1884(明治17)年に明治天皇により再建されている。
女官の間、門跡の間、皇族の間、侍従の間、勅使の間、玉座の間などがあるが玉座の間は、天皇皇后が来寺した際に休息所として使用する部屋である。大門からみる仏堂
玉座の間は、天皇皇后が来寺した際に休息所として使用する部屋(写真はパンフより)海会堂は、土蔵造の仏堂で御所の「黒戸」を移築したもので、歴代天皇及び皇族の念持仏が祀られている。
平安建都1,200年記念や在位20年の報告(2009年)など、この3月に天皇皇后両陛下は泉涌寺を訪れ、この部屋を使用している。“御寺(みてら)”泉涌寺は歴代天皇及び皇族の格式高い寺である。
<泉涌寺>
住   所:京都市東山区泉涌寺山内町27 電話:075-561-1551
拝観時間:9:00~16:30 
拝観料金:大人500円(心照殿(宝物館)入場も含む)・障害者 無料
交   通:京阪/JR「東福寺」駅から徒歩約25分
       市バス「泉涌寺道」下車、徒歩約15分。

2010年7月2日金曜日

夏越大祓 岡崎神社

岡崎神社は、うさぎ神社と呼ばれ平安神宮の北側、左京区岡崎にある。
夏越大祓は、6月30日健康と厄除け・無病息災を願うため行う神事である。本殿岡崎神社の鳥居と茅の輪
794(延暦13)年、平安遷都に際に、勅願により王城鎮護のため平安京の四方に建立された社の一つである。都の東に鎮座することから東天王と称した。
祭神は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)・櫛稲田媛命(くしいなだひめのみこと)及び御子三女五男八柱神を祀る。 手水舎は「厄除子授兎」黒く光るウサギの彫像もあり、そのうさぎ像に水をかけると子供が授かると言われている
付近一帯は野兎の生息地でウサギが神の使いという清和天皇が、869(貞観11)年に造営し、播磨の国(現在の兵庫県)広峯から祭神を迎え祀ったといわれる。古くから産土神として付近氏子の信仰を集め、厄除けの神として多くの参拝者が訪れている。 左はウサギと臼と月
気を付けてみると狛犬の台座にウサギがある1178(治承2)年、中宮の藤原高子の安産祈願の幣帛を賜り、安産の神として信仰されている。その昔、当社の背後の紫雲山付近一帯が野ウサギの生息地で、ウサギが氏神様の使いと言われている。ウサギが子孫繁栄の象徴であることから、安産だけではなく、子授けの神様として信仰が高まったという。修行僧たちも茅の輪くぐり
罪や穢れを除き去り厄除をするところで、6月30日と12月31日に行われる大祓は、日頃生活している間に“心身に付く罪や穢れを除き去る”ための祓えの行事で、6月を夏越の祓・12月を歳越の祓という。
夏越の祓では多くの神社で「茅の輪くぐり」が行われた。ママと一緒に茅の輪をくぐった
子ども達も神社の前で・・・茅で作られた輪の廻り方だが、先ず、左に一廻り、次に、右に一廻り、左まわりと八の字に三回通って穢れを祓うものであるが、恥ずかしながら知らなかった!
1691(江戸時代)年ころ、復活し全国各地の神社に次第に広がりをみせている。
京都では夏越祓に「水無月」という和菓子を食べる習慣があるが、水無月の上部にある小豆は“悪霊ばらい”の意味があるという。水無月は白のういろう生地に小豆を乗せ、三角形に包丁された菓子で三角の形は暑気を払う氷を表していると云われている。社務所ではウサギ柄のかわいい、子授け・安産・健康のお守を授与している
勇壮な絵馬境内の手水舎の所に“厄除子授兎”と書かれた黒く光るウサギの彫像もあり、そのうさぎ像に水をかけると子供が授かると言われて、子授けの神として参拝者の人気を集めている。また、社務所ではウサギ柄のかわいい、子授け・安産・健康のお守を授与している。
<京都・岡崎神社>
住所: 京都市左京区岡崎東天王町51電話: 075-771-1963
拝観自由
交通:市バス 「岡崎神社前」下車直ぐ