2014年2月4日火曜日

北野天満宮 節分祭

3日、北野天満宮楼門には災難厄除けのお札とお守り及び銀幣が掲げられていた。
午前10時、神職たちは御祓いをした。
楼門には災難厄除けのお札とお守り銀幣があった。京都、乾の隅(いぬいのすみ)西北の隅は、北野の地にあたり古くより節分には北野の追儺式として節分の行事が行われていた。
色も鮮やかな紅梅。
梅花祭を前に咲く白梅。節分の日に行われる「追儺(鬼やらい)」の儀式は、向う一年の災厄を祓い病いを除く祈りをこめた重要な年中行事であり、午後1時からは神楽殿にて茂山千五郎社中による福の神が鬼を払う「北野追儺狂言」の奉納が行われた。
悪鬼は深泥池に棲み魔所とされた。
茂山社中による追儺狂言の奉納。豆まきは中国の習俗が伝わったものとされ、平安時代に起源のある「追儺(ついな)」という行事から生まれもので、宮中で鬼払いの儀式を行われていたという。
福は内、鬼は外と豆と撒き散した。福の神が現れて鬼を諭した。節分というと思い浮かべるのが豆まきで、子どもの頃からの習慣で何となく豆をまいて「鬼は外」と「福は内」と叫んだ記憶が残っている。
鬼は外、福は内・福は内と囃し立てた!!
これはたまらん、一目散に退散する鬼。起源は中国の鬼祓いの意味があり、節分の豆まきと鬼は日本人の歴史に根差した年中行事とされている。続いて上七軒歌舞会による芸舞妓さんによる舞踊奉納も行われた。
上七軒の芸妓さん。
京都五花街のある中、北野上七軒は古い伝統がある。この時期、京都では表鬼門の吉田神社で裏鬼門の壬生寺が有名で無病息災・招福繁栄を願い大勢の参詣者でごったがえし町衆の文化が深く根付いたもので節分の豆まきには、厄を払うという意味がある。
昔、悪鬼は深泥池に棲み魔所とされ常に不浄を避け、手厚くお祀りをせねばならない大切な場所とされていた。
中腰でボーズを決める二人の芸妓さん。
舞妓三人で舞うが上手に撮れない・・・。豆は「魔滅(まめ)」に通じ、無病息災を祈り鬼を退散させ、豆(魔目まめ)を投げつけて魔を滅っする(魔滅=まめ)という。
炒った豆を一家の主人や、またその年の干支生まれの「年男」がまくもので、家族は自分の数え年の数だけ豆を食べると病気にならず健康でいられると言われている。
北野上七軒、芸舞妓さん全員による神楽殿の奉納舞踊。
北野上七軒は豊臣秀吉が造った京都で一番古い花街であり、舞妓さん三人と芸妓さん二人の舞踊が披露された。
福豆の争奪合戦、私は鬼のように退散した?
そのあとはお待ちかねの茂山社中と上七軒の芸舞妓さん全員で豆まきが行われた。
節分に限り、災難厄除けのお札とお守り及び銀幣が特別に授与される。
今年から福豆も衣装変えした。節分は邪気を払い家内安全を願い、立春の前日をさし一年の始まりとしたため、大晦日と同じように考えられていたという。(2/3撮影) つづいて、千本釈迦堂の「おかめ節分会」に歩いた。

2014年2月3日月曜日

節分祭 吉田神社で追儺式

左京区の吉田神社の節分祭は京都最大の規模を誇る人出と立春という節目は、邪気や疫病神を追放し、この一年の新たな季節に始まりとして「追儺(ついな)式」が行われた。
参拝をする人たち。
吉田神社の節分祭は京都最大の規模を誇る。吉田神社の節分祭は、平安京の鎮守神として創建され室町時代に開始されて以来、京都の一大行事として毎年多くの人が参拝する。しかし、実は私は始めてだった!
おや、4人連れの舞妓さんたち、後から一人来ていた!
三日間で約50万人もの参拝者が訪れ、参道には約800店の露店が立ち並び、境内周辺は活気に溢れていた。
松明を翳し「方相氏(ほうそうし)」が来る。
舞殿では追儺(ついな)式が始まった。節分の前夜に行われる古式追儺式では、赤・青・黄色の鬼たちが現れて舞殿の周囲で暴れる。暴狂う鬼を退治してくれる「方相氏(ほうそうし)」があらわれて、矛で鬼たちを追払いながら舞殿を三周し、最後に、殿上人らが魔力を封じる弓矢を放ち、鬼や疫災を追払った。
青鬼は悲しみ。
赤鬼には怒り。午後6時、赤、青、黄の3匹の鬼が本宮前に現れ、暗い中、金棒を振り回し、「ウオー」と叫びながら、参拝者に襲いかかるほどの勢いで暴れ回り小さな子どもたちは泣き出した。赤鬼には怒り、青鬼は悲しみ、黄鬼は苦しみを表した。
黄鬼は苦しんだ!
疫病退散の力を持つという「方相氏(ほうそうし)」と鬼たち。そして疫病退散の力を持つという「方相氏(ほうそうし)」が登場し、手にした盾と矛で雄たけびを上げる鬼を退散させ鬼を追い払いことしの世の中が平穏無事を祈った。 境内では、厄除けの御守りや福引豆などが売られ、活気に満ちあふれていた。
殿上人らが魔力を封じる弓矢を放ち、鬼や疫災を追払った。
この追儺式は、平安時代に宮中で旧暦の大みそかに行われていた行事で、1928(昭和3)年に、節分祭の一環として神社が復興、「鬼やらい」とも呼ばれる。(2/2撮影)
<吉田神社で追儺式>
場所:吉田神社
日時:2014/2/2(日)~2/4(火) 
住所:京都市左京区吉田神楽岡町30番地
料金:境内無料
交通:京阪電車「出町柳駅」下車徒歩約20分    
        市バス「京大農学部前」または「京大正門前」より徒歩約5分
駐車場:なし(節分祭の期間中)
問合せ先:吉田神社 075-771-3788

2014年2月1日土曜日

湯立神事 石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)

節分の行事で毎年2月1日と3日の正午より斉行されている石清水八幡宮の湯立神事に初めてHさんと共に参拝した。
南総門。
第三の鳥居。石清水八幡宮は旧称は男山八幡宮と言って大分の宇佐神宮、関東の鶴岡八幡とともに日本三大八幡宮である。
「石清水」から汲み上げた御神水を釜で沸かした。
社名は、男山の中腹に涌き出ている霊泉「石清水」に因んだもので、全国屈指の厄除けの神社として知られている。
神楽女(かぐらめ)。
石清水八幡宮は、京都府八幡市にある神社で過去、車があった頃のことで忘れるほど訪れていなく、Hさんの車を民間駐車場に預けて長い登り坂の石畳の参道を上がった。
塩とお米を投げ入れた。
御神酒を釜の中に・・・。あとで聞くと境内の駐車場は無料であった!
神社の方が、「ここは熱湯がかかります・・・」、「神様が通る道なので」とか「もっと下がって・・・」と云われ境内と整備していた方がいたが安心していた。
御神前に献上する神楽女。
男山五水の一つ「石清水」から汲み上げた御神水を釜で沸かし、御神前に献上、神楽女が笹の葉で釜の熱湯を激しく四方に振り撒いた!
クライマックス、湯立て神事が始まった。ところがここまでは届くまいとおもっていたが熱湯が滴が降りかかり、カメラ撮影処ではない、身を小さく丸めて厄除開運・無病息災を祈った!!
あちっっ~迫力があった!!
釜の煮えたぎった湯立て神事は、執拗なまで神楽女が笹の葉で激しく四方に熱湯を振り撒き終わった。 その後、縁起物の湯立した笹と湯立の湯茶を頂き、一年の健康を祈願して同社を後にした。
石清水八幡宮は創建以来、公家や武家の信仰が篤く、とりわけ源氏が氏神と崇めたことから、必勝の神社としても知られている。
笹と湯立の湯茶を頂いた。
熱湯の白湯を頂く。湯立神事は厄除開運・無病息災・五穀豊穣を祈る伝統神事で迫力のあるものだった。
<湯立神事 石清水八幡宮>
 日時:2014/2/1-3 12:00~
場所:石清水八幡宮境内 交通:京阪電車八幡市駅下車、ケーブル男山山上駅南へ徒歩5分