2009年7月21日火曜日

木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)

木嶋神社本殿(正面)の右手側に蚕養(こかい)神社(東本殿)が鎮座
参道には樹木が繁茂している京都の右京区太秦にある、木嶋(このしま)神社 (正式名称:木嶋坐天照御魂(このしまにますあまてるみむすび)神社)に行った。京福電鉄嵐山線の「蚕ノ社(かいこのやしろ)」駅の北に隣接する木島神社は徒歩4分のところ。
奈良時代以前に創建されたと言われる古社で、境内に日本に養蚕を伝えた秦氏ゆかりの養蚕(こかい)神社、通称「蚕の社」として有名である。養蚕・機織等京に伝えた秦氏
19日「土用の丑の日(元糺の池)」社殿は本殿や拝殿などがあり、こんもりとした森の中に鎮座している。境内に一歩足を踏み入れると、静かで神聖な雰囲気が漂う・・・森全体を「元糺の森」(もとただすのもり)といい、左京区の下鴨神社の世界遺産登録されている「糺の森」と繋がりがあり、下鴨神社を建立した賀茂氏が秦氏の婿となり祭祀権を譲られた関係から「糺」の呼称を下鴨神社に譲ったという!
創建当時、この地は鬱蒼とした森であったが、現在では宅地化の波に押し寄せられ、神社の周辺は住宅が密集している。
大宝元年(701)、今から1300年以上も前、養蚕(ようさん)・機織(はたおり)・製陶等を日本に伝えた渡来人の秦氏が建立した神社とされている。今日は蕩々と湧き出ている
元糺の池には「三柱鳥居」が建っている本殿西側には、四季を通じて湧水する神池、「元糺の池(もとただすのいけ)」と称される池がある。「糺(ただす)」は、「正しくなす」「誤りをなおす」の意味。住宅化建築の影響?などで近年は水が涸れているという。昔は蕩々と湧き出ていたというが、地下の水脈が変動して、『いつのころからかご神水が出なくなった』という。地元では、その湧き水を復活をしようと活動している! 無病息災を信じて”元糺の池”に
珍鳥居の一つ、「三柱鳥居」夏の土用の丑(うし)の日には、この元糺の池の水に「手足を浸すと、諸病をまぬがれる」というご利益があり、無病息災を願う地域住民の間でいまも厚く信仰されている。この行事は今、下鴨神社では「足つけ神事」として残っているが、木嶋神社の「元糺の森の池」にも参拝したい。
この池の中心に天保2年(1831)に再興された「三柱鳥居」が建っている。
京都の三つの珍鳥居の一つとされていて、京都御苑内のなかにある厳島神社の唐破風鳥居(島木とよぶ鳥居の横木が唐破風造り)と北野天満宮内にある伴氏社の鳥居(両方の柱の下が蓮の華状となっている)がある。鬼瓦にも蚕のなごり
方角を示す石もある一説には、この三角形の鳥居の中心石積みの神座より拝むことができ、北は双ケ丘、西は松尾大社、東は稲荷大社の方角を指し示し、秦氏とゆかりの深い地域だという。木嶋神社の3本組み合わせた石鳥居は、京都3大鳥居のひとつと言われている。なお、「蚕の社(かいこのやしろ)」と呼ばれているのは、本殿東側にある蚕養(こかい)神社(東本殿)をいう。祭神は保食神、木花咲耶姫、雄略天皇である。
ことしも木嶋神社「土用の丑の日(元糺の池)」で手足を水で清め参拝した。魂が目覚めるような、素朴でひっそりとした神社の印象だった。

<木嶋神社>
・住所:京都市右京区太秦森ヶ東町50
・電話:075-861-2074
・拝観:境内自由
・アクセス:京福電鉄嵐山線蚕ノ社駅北へ4分
      市バス 蚕ノ社バス停5分
      地下鉄東西線天神川駅西徒歩10分

2009年7月20日月曜日

第39回 神戸まつり

ドナルドも
東京ディズニーかミッキーの登場19日13時ごろ「神戸まつり」を観覧するために阪急電車、梅田駅で乗り継いで神戸・三宮駅に到着した。おまつりパレードは15時の予定だがフラワーロード~三宮中央通りの間は人混みで殺到していた。お目当てはサンバ、報道のカメラマン子どものサンバチーム
選りすぐりの数多くが参加する圧巻のパレードは必見だ!
テーマは「緑と海そして愛」神戸市民祭協会が主催し、神戸市の中央区三宮を主会場に、市内各地で実施されている神戸最大の祭典である。 陽気に踊る
激しい動きで旨くシャターが押せない!戦前の「みなとの祭」や「神戸港開港100周年記念祭」、並びにその前夜祭の「神戸カーニバル」であるが、その後、2つのイベントを統合した現在の「神戸まつり」が5月中旬に開催されるようになったという。先の阪神・淡路大震災の影響で、開催は中止となったが大会の回次はそのまま残していて39回目だという。 みんな生き生きしてる!
サンバのリズムでオープニング行事、三宮・元町界隈で開催されクィーン神戸のお披露目や地域祭典、市民団体のマーチングバンド、姉妹都市からの来賓、さらに、サンバ・カーニバルなどによるパレードがあった。 いまだ、シャターチャンス!彼女も楽しそうだ!!
やっとこっちを向いた!メインフェスティバルは「おまつりパレード」を中心にマーケットやステージイベントなどが各所で繰り広げられ、なかでも「サンバストリート」では神戸サンバチーム等のサンバダンサーの華やかなコスチュームを目当てにカメラを持った多くの観客で賑わいをみせた。色とりどりのコスチューム
赤のコスチュームが似合う港町神戸ならではのサンバのリズムの雰囲気と情緒を醸し出す最高の祭りの気分だったが、18時ごろ、パレードの途中での退散となった!美女に会えて満足な1日だった!
神戸まつりはサンバで始まりサンバでおわる!写真仲間が云う「神戸まつり」?と聴いて初めて来たが、おまつりパレードは両者一対となって楽しいひと時だった!
その他の写真

2009年7月19日日曜日

大沢池 蓮の華

薄紅色の古代ハス
清楚な白色のハス右京区の大沢池で夏を彩るハスの花を観賞した。
素晴しい大沢池の「サクラ」を観賞したが池畔で観るハスの花も美しい。
旧嵯峨御所 大覚寺門跡で離宮嵯峨院の庭池で日本最古の庭苑池である。
中国の洞庭湖をイメージして、嵯峨天皇が作られたと伝えている。池に映る、復活したハス
ハスの葉でお酒やジュースを味わう象鼻杯平安時代から日本三大名月観賞池として知られている。毎年、仲秋の名月のころ、観月の夕べが催される。大沢池は周囲約1kmで大覚寺に面し東側にある。
堤には、一周できる散策路が整備されていて桜や楓が植えられている。
池の中には天神島と菊ケ島と庭湖石(ていこせき)があり二島一石の配置は華道嵯峨御流の基本形に通じるという。ヤゴが脱皮、嬉しそうにみせてくれた!
ハンケショウ(半夏生)ここにもあった!7月25日土曜日には、大沢の池、五社明神付近で午前9時から正午まで市民対象の「観蓮節」を開催する。
舟で蓮を観賞でき、ハスの葉でお酒やジュースを味わう象鼻杯も行なうという。この舟で観蓮節は2年前から始めている
水辺に浮かぶハスの花大沢池のハスは、水草を食べてもらおうと放流した外来魚のソウギョによって、1990年に一度姿を消してしまった。2001年にソウギョを捕獲する活動を始めた結果、ハスは2006年に再び咲き始めた。
今では2500~3000株近くまで増えていて「名古曽」と名づけられた白色や薄紅色の古代ハスを見るころができる。全滅寸前から復活した大沢池のハスを楽しんでもらおうと観蓮節は2年前から始めている。
<大覚寺 観蓮節>
開催日時:2009年7月25日9:00~12:00(受付終了は11:30) ※小雨決行
開催場所:大覚寺 大沢池付近
拝観料金:1500円(寺内拝観料を含む) ※事前申込不要
お問い合せ先:075-871-0071

2009年7月18日土曜日

2009,祇園祭 山鉾巡行

菊水井戸から菊水鉾
先頭の長刀鉾
日本三大祭りの一つ、京都・祇園祭は17日、ハイライトの山鉾巡行を迎えた。
ポツポツと小雨がぱらつく天候だったが雨も止み、祇園祭は、「動く美術館」と言われる華麗な懸装品に飾られた山鉾32基が囃子(はやし)を奏でながら、都大路を進み華やかな姿を楽しんだ。棒振り囃子を披露するカマキリの羽や鎌が動く「かまきり山」とも言う
鉦(かね)や笛・太鼓の祇園囃子が響く中、「エーンヤーラヤー」の掛け声を合図に先頭の長刀鉾が市中心部の四条河原町交差点に差し掛かると稚児が太刀を振り下ろし脇を固める補佐役の禿(かむろ)二人の稚児にも大きな拍手が起った。
見せ場は、交差点で90度進行方向を変える「辻回し」。車輪の下に割り竹や棒を敷き、水をかけ、引っ張り手たちが音頭に合わせて一斉に綱を引くと、山鉾がギシギシと大きな音を立てながら回り、沿道から拍手や歓声がわき起こった。 曳き山でご神体は胸をかけた天照大神
鶏鉾、ベルギー製の見送りは必見(重文)「山一番」の芦刈山、白楽天山、霰天神山へと続いていった船鉾
放下鉾、巡行時3人の人形遣いが優雅に舞いをみせるかっては、鉾の正面に乗る稚児は、生稚児とされていたが、稚児となった家庭やしきたり、費用や時間の負担が大きくなった為、放下鉾は昭和4年からダミーの稚児人形が使われた。ただ、この人形、特技があるという!
文楽人形のように手足が操れる仕組みで巡行時、3人の人形遣いによって、まるで生きているかのように優雅な舞が披露された。黒主山。
「上り観音山」とも言われる北観音山「動く美術館」と言われる山鉾には、ひときわ異彩を放つものがある!
それはヨーロッパ製のタぺストリー(かべ掛)。
日本が異国との貿易盛んな頃、将軍や大名に献上品で贈られた高級舶来品が江戸時代から経済力のある京都の町衆のもとへたどり着き、祇園祭山鉾で披露されるようになったと言う。
いつの時代も最高の美を追求した町衆の熱意と心粋が感じられる。 見送りは「イーリアス」重文 鯉山
鈴鹿山コンチキチンの祇園囃子は各鉾独特の曲があってその歴史は能楽の影響を受けている。室町時代の末には成立し、江戸時代には今のように鉦・太鼓・笛に限られた楽器になっている。幼少の頃から鉦方(かねかた)の稽古を習い、成人して太鼓方や笛方になるという!
囃子方の数は鉦方8名笛方8名太鼓方2名が基本だが巡行の時は交代要員を入れて約40名が鉾に乗り込んでいるという。曲目は30曲余りもあり、それぞれ山鉾独自のものという。32番目は南観音山
浄妙山、町内で所有する「浄妙坊の鎧」は重文大きく立派な山鉾、専門の職人たちによって行なう「山鉾建て(10日~14日)」は毎年一から組み建てる。くぎを一切使用せず縄だけで骨組みを固定する技法「縄がらみ」の伝統の技は見もの。
巡行が終わったら各鉾町内に帰着するとすぐに解体される。それは、神座に集めた疫神を四散させないためという。隠れた所にある秘かな想いと職人の美学がある。
各山鉾は大切に守ってきた神体とともに、誇らしく通りを練った。
町衆が脈々と受け継いできた晴れやかな祭りの気分を、見物客も私も満喫した。

2009年7月17日金曜日

2009,祇園祭 宵々山

占出山
縁結び、盗難除けのグッツ
祇園祭は平安時代の昔から続く長く歴史がある。宵山は、やさしく揺れる駒形提灯のあかり、町衆の熱い思い、熱気を帯びた夜が魅力をそそる。白楽天綾傘鉾ではご神酒が振舞われていた
各鉾町には土蔵があり、年に一度の祭りにあわせて山や鉾の古美術品がきれいに飾られている。
放下鉾、昭和4年から稚児人形になった幕末戦火で類焼、大船鉾は休み山鉾祇園祭、宵山32基ある巡行ガイドを手探りに昨日に続いて5:00から宵々山に出かけた!最初は、保昌山(東洞院高辻)、北は役行者山と鈴鹿山(室町姉小路)まで。天照皇大神を祀っている各鉾町ではグッツ売っている
”ちまきどうですかぁ~”と呼びかけてくる子どもたちの声、祇園祭の「ちまき」は玄関先に吊る京都の代表的なお守り、一年間の疫病災難除け。
いろいろなご利益グッツがあるが、多くは「厄除ちまき」がほとんど。
役の行者山鈴鹿山新作の手ぬぐい各通りには屋台がぎっしりと並んで行き交う人を誘う、時間の経つのも忘れてしまう賑やかさである。