2013年3月1日金曜日

西国街道「ひな人形めぐり」その3

つづく・・・西国街道「ひな人形めぐり」は西向日駅から北へすぐのところにも「浩庵・玉井家」が展示をしていた。
西向日駅から北へすぐのところにもことし始めて「浩庵・玉井家」が参加した。「浩庵・玉井家」の雛人形で、バブル崩壊直前で雛人形は、男雛・女雛一対の省スペースと話した。昭和40年、日本が高度成長期のおり、祖父母から初節句に贈られた段飾り、時代の平成2年はバブル崩壊直前で雛人形は、男雛・女雛一対の省スペースだったと話しておられ今回が初展示である。
お庭の梅花が咲いていた。車の往来の激しい西国街道五辻交差点。玉井家から車の往来の激しい西国街道五辻交差点に戻り、楊谷観音さんの石塔が建つのを見て北へ進むと、市民手作りコーナー「ほっこりサロン」があった。
市民手作りコーナー「ほっこりサロン」でくつろぎながら・・・動物さんたちのお雛さん・・・こちはら「手作りでお雛さま」を作る楽しさなどが伺え、動物たちの雛人形があった。
今時珍しい「火鉢」!!富永屋は約400年前から宿屋を営んでいた。続いて西に向日神社の参道、四百年の昔から宿屋を営まれていた富永屋・有料(100円)にお邪魔した。 会場の富永屋の建物の中は土間で宿屋の後、うどん屋の名残りと言っていた。奥座敷の中は古い様式が残されていて火鉢があり‘ひな人形’ 飾りがあった。
和歌山の婚家では逆に飾られていたが、女雛がそっぽをむいているようなので元に戻して飾られる。左、1931 (昭和6) 年製作の「御殿雛」と右、1930(昭和5)年、製作の「古今雛」。雛人形は1930(昭和5)年、製作の「古今雛」段飾りと1931 (昭和6) 年製作の「御殿雛」段飾りと須田家所蔵の1939(昭和14)年雛人形段飾りが飾られている。
屋根は本物の檜皮葺き、雛人形の取り出し取り入れには深夜にも及ぶという。1年足らずで豪華な御殿雛飾りを用意は並大抵では出来ない!富永屋に展示している雛人形は、昭和初期に和歌山の造り酒屋の長女が誕生したもので、右は初節句に京都の実家の祖父母から贈られた古今雛。左は翌年節句に合わせて女児の両親があらためて京都に依頼して誂えた御殿雛で、道具には浮き線蝶紋入りが入っている。
家紋が入れた駕籠もまた精巧に出来ている!黒漆塗りの雛道具は綿密作られ本物をそっくりである!!黒漆塗りの雛道具やそれらを収めた長持には、浮き線蝶の家紋が入っている立派なもので、当時、京都から和歌山へは船で運ばれたという。雛掛け軸もあった。 昭和5年製作の「古今雛」の雛人形も超豪華であったが、翌年誂えた御殿雛や黒漆塗りの雛道具、浮き線蝶紋入、屋根は本物の檜皮葺で道具は家紋入り、牛車も精巧に出来ているという。
またここでも犬「ちん」がおった!須田家所蔵の1939(昭和14)年雛人形段飾り。本物の羽二重を使い左近の桜と右近の橘をつくっている。最近は1対で20万もするという、京都は天皇(天子南面)といい、東は左手、反対の西は右手、男雛は左、女雛は右に位置となって、お雛様も左向きに飾っている。
北側の土間には古風なカマド、今でもご飯を炊くという。向日市で竹の子で有名な神埼屋の段飾り。北側の土間には古風なカマドがあり 昭和6年の御殿雛が収納された桐の長持ち箪笥は雛道具と同じ家紋が入っていた。富永屋は江戸中期の構造を残す店棟で、屋根裏から発見された棟札から1735(享保20)年、上棟されたと伝えられている。お雛さまを一つまた一つと取り出して桃の節句に飾ることから始まり、名も知らない一般の方にも観させてもらうことに喜びを感じ、今日まで保存された御尽力は大変であったろうとおもう。
和の喫茶「縁かいな」で食事をいただいた。和の喫茶「縁かいな」で食事をいただき、いつの世も無事子どもの成長を願う親心を祈って、「西国街道ひな人形めぐり」心温かいおもてなしで見学者を迎えてくれた。(完)
<西国街道「ひな人形めぐり」>
会場:富永屋
住所:京都府向日市寺戸町東ノ段1
期間:2/26~3/2
    なお3/2には冨永屋謹製の甘酒もある
料金:100円 ※建物維持ため「保存修復協力金」

2013年2月28日木曜日

西国街道「ひな人形めぐり」その2

西国街道は、「唐(から)海道(かいどう)」とも呼ばれ、一文橋へと進む石畳や、軒まで漆喰塗りや穀蔵、出格子窓をつけた長屋門があり塀が連なり、旧家の屋敷構えを伝えている。
源氏枠飾りや内裏雛と三人官女があった。歴史街道の西国街道はお雛祭り。言い伝えによれば秀吉が小畑川の流路を西に移し、道路を拡張整備すると同時に堤防を築いた。この時できた広い河川敷が、後世の農地化、宅地化され、それが上植野町や下川原の地名が残ったという。5分も歩くと工務店、吉川さん宅に着いた。
万歳人形。米粒ほどの大名行列の芥子(けし)人形もあった。1901(明治34)年ごろの雛人形・源氏枠飾りや内裏雛と三人官女があった。吉川さんの奥さんの説明によると三人官女は時代の人形の美しさは瓜実顔し色気があって好きだと話をした。自分も好く見ると三人官女は時代の流れがあり人形ながらも浮き浮きするようであった。米粒ほどの大名行列の芥子(けし)人形や万歳人形もあった。
西国街道「ひな人形めぐり」ブラブラ歩いていると暖簾の下った塩崎家があった。ブラブラ歩いていると暖簾の下った塩崎家がある。西国街道「ひな人形めぐり」の塩崎家では報道関係がバシャバシャシャターを切っていて明日新聞に掲載される。
御殿雛と人形。明治、大正の古今雛、昭和の御殿雛も飾られ、いずれも格式の高い上品さが伺えた。 江戸時代後期に作られたひな人形は緋毛氈(ひもうせん)の代わりにエキゾチックな柄の布が使われていた。江戸時代後期の雛人形は古今雛の段飾りと掛け軸、明治、大正の古今雛、昭和の御殿雛も飾られ、いずれも格式の高い上品さが伺えた。
皇太后が幼い頃、お召しになっていた緋色の袴(はかま)のふくさ。
昭憲皇太后(明治天皇のお后)の由来の袱沙(ふくさ)が現在もある。清水家の先祖(四代前)の女性が京都御所に乳母として仕えていた。都が東京に遷都した。
皇太后が幼い頃、お召しになっていた緋色の袴(はかま)で、皇太后のお印「若葉」の刺繍を刺した袱沙に仕立てものを賜って家宝として大切にしてきたという。さらに近衛家拝領御文庫は、姫君が遊ばれた色紙、櫛入れ、懐紙や手書き、版画に使う和紙も入っておった。
手作りのケース入りの「木目込み人形」塩崎家の庭に目をやると、野鳥がきてる。塩崎家に飾られていた御殿雛や古今雛の段飾り、手作りの木目込み人形、吊るし飾りや竹行灯など今回で3回目となったとお茶を頂きながら話を交わした。 塩崎さんは、「街道や商店街を一軒ずつそぞろ歩きしながら楽しんでほしい」と言っておる。富永屋に つづく・・・

2013年2月27日水曜日

西国街道「ひな人形めぐり」中小路家住宅

京都府向日市内の西国街道沿いの旧家で公開展示が行なわれている「ひな人形めぐり」に行ってきた。
築四百年以上経つ中小路家(国登録有形文化財)は、江戸時代庄屋であった。向日市内の西国街道沿いの旧家で「ひな人形めぐり」が開催されている。西国街道「ひな人形めぐり」のイベントは2/26~3/2までで向日市文化資料館や旧家「中小路家住宅」「富永屋」「塩﨑家」など古くから家族代々に伝わる人形飾りを、ことしは5年目で24会場が参加し江戸時代から明治・大正・昭和・平成のひな人形などが公開展示されている。
阪急電車西向日駅西口から徒歩10分、築四百年以上経つ中小路家(国登録有形文化財)は、西国街道に沿った住宅で上質なつくりの座敷を備えた元庄屋であり、広い邸宅の屋敷のお座敷にはひな人形の段飾りが所狭しと並んでいた。
江戸時代の雛人形、古今雛。人形を納める木箱のふた裏に1858(安政5)年と墨書されている。江戸時代の雛人形、古今雛・人形を納める木箱のふた裏に1858(安政5)年と墨書されていると説明、またお内裏さまの衣装は和紙で紺色は特に害虫にもつよいと話しておられた。
大正時代の古今雛、黄色い衣装は天皇。武家階級の雛人形で徳川家は黒色と決っていたという。目を引くのは大正、明治時代とならんだ七段飾りの古今雛、明治時代の方が保存状態もよく、武家階級の雛人形で徳川家は黒色と決っていたという。また女雛の衣装の金色の筋は皇室には絶対にないと話し居られ、こうして並んで両方をみると良く解る。明治時代の武家の名残りか雛人形のお犬さま「ちん」を連れた女性もあった。
奥のお座敷には豪華な三つの段飾り、昭和の雛飾りがあり平成元年の中小路家所蔵の有職雛(中央)。東北地方の雛人形で下段に縁起の好い「七福神」が飾られていて珍しい雛飾りであった。中央の奥のお座敷には豪華な三つの段飾り、昭和の雛飾りがあり平成元年の中小路家所蔵の有職雛(中央)、お嬢さん誕生で購入したという。左は東北地方の雛人形で下段に縁起の好い「七福神」が飾られていて珍しい雛飾りであった。
源氏枠飾り雛人形や岡山の御殿飾りの雛段飾り、四国の御殿飾りの雛段飾りもある。昭和初期の雛人形、江戸時代の古今雛、鳥取用瀬町の棧俵もある。
吊るし雛飾りは向日市在中の方が福岡柳川地方が故郷を偲んて作られた。鳥取県の用瀬町の棧俵もあった。さらに吊るし雛飾りは向日市在中の方が福岡柳川地方が故郷を偲んて作られ寄贈されたそうで、子孫成長とボケ封じによいと制作したという。
お琴による‘ひなまつり’の生演奏も聞こえて心地よい雰囲気になった。奥の和風喫茶店では美味しいコーヒーをいただいた。玄関で500円(お茶券付き)を払いお座敷に上ると、お琴や尺八による‘ひなまつり’の生演奏も聞こえて心地よい雰囲気になった。京都府向日市は西日本一番面積が小さく、2009(平成21)年から始まった「ひな人形めぐり」は歩いて回れる散歩には調度好い・・・。西国街道「ひな人形めぐり」つづく・・・
<ひな人形展>
会  場:中小路家住宅
場  所:京都府向日市上植野町下川原48 電話:075-921-2657
期  間:2/26~3/3
営業時間:午前10時~午後5時
定 休 日:毎週 月・火 イベント開催時

2013年2月26日火曜日

西京区 千代原口トンネル開通

23日、午後3時から西京区の国道9号線千代原口の地下トンネルが開通した。千代原口交差点の混雑を和らげるため、国道9号線4車線のうち中央2車線が地下トンネルになり緩和と交通安全の確保のため立体交差となった。
陸橋から千代原口トンネルを見る。国道9号線の上桂三ノ宮町から御陵塚ノ越町の1キロで13年がかりの事業であった。 トンネル部分は490メートルで片側1車線、1999(平成11)年度に事業化が決り、2002(平成14)年に着工が始まった。工事区間は9号線の上桂三ノ宮町から御陵塚ノ越町の1キロで13年がかりの事業であった。
中央2車線が地下トンネルになり、スムースな流れになっていた。洛西NTや亀岡方面は長い間の念願が叶った。
この地下トンネルは歩行者や自転車、バイクの通行は出来ないが、国道を直進する車は信号で止まることなく千代原口交差点をスムースに通行でき時間を短縮できるという。
ここは渋滞のネックになっていたが今は車の流れもよい。まだ歩道拡張工事などが残っていて全工事が終了するのにあと2年も掛かるというが西京区千代原口トンネル開通は、洛西NTや桂坂、亀岡方面の車で通勤する方にとっては長い間の念願がやっと叶えたというよう。
御陵塚ノ越町バス停付近は新しく陸橋が掛けられていた。西京区上桂三ノ宮町付近のトンネル出入り口。また京都府の南北を貫く京都縦貫自動車道は西京区沓掛IC~大原野ICも3月下旬に開通の見込みとなっている。