これに先立ち、2日には「くじ取式」が行われ、山鉾巡行の順番も決った。
しかしお稚児さんを乗せ先頭を走る長刀鉾は、1500(明応9)年頃から既に定まっていたという。長刀鉾の名は、天を突くようにかざす鉾先の大長刀に由来する。現在は竹製だが、元は平安時代の刀工・三条小鍛治宗近作の大長刀を飾った。ちなみにお稚児さんが乗るのは、今ではこの長刀鉾だけで巡行開始の合図となる「しめ縄切り」を行うのは真剣・大長刀である。織田信長が左手で書いたと伝わる長刀鉾の紋・「長」の字も使われている!
八坂神社で五位十万石の位を授けられ、32の山鉾の中でも特別な地位にあり、 “くじ取らずの鉾”で、毎年巡行の先頭を行くことが許されている。
次いで、11日には櫓にこの役目を果たす「てこ」を取り付けてから横倒しにする。
函谷鉾はクレン車での鉾建てだが、伝統の儀式による月鉾の鉾あげは見事で感無量だった。
沿道から多くの通行人が見守り、京都に住んでいても見ることも無い鉾建て、見ず知らずの方が「鉾の組み立て、ここから大きな鉾になるんですね。山鉾巡行が楽しみです」と呟いていた。
今年も一年ぶりに無事巡行を迎えられることが、各山鉾町内の何よりの喜びとなりコンチキチンの祇園囃子が鳴り響いていた。
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